「あれは、もしも聖乙女が誕生しているならば、フローテュリアにいるだろうと…彼女を守るため力になろうと、王宮まで行っただけだ。そうしたら偶然魔月どもがフローテュリアに攻め入ってきて…俺は聖乙女を守ろうと、魔月と戦い…」

「魔月と戦った? なんということを…。あなたの力の目覚めに反応して、やっと魔月たちが目覚めたというのに。それで私たちもようやく、あなたの存在を知ることができたのですよ」

「うそだ!!」

ライトは叫びながらあとずさりした。

「俺が―魔月だというのか…嘘だ…お前たち魔月の言うことなどすべてでたらめだ」

「すべて事実です。竜(ヴァイツ)よ」

「…やめろ! そんな言葉で、俺はたばかれない!」

ライトは俊敏な動きでヴァイオレットの翼から剣を掠め取ると、左手で丈の短い剣をブーツに押し込み、飛び退って、奪った剣を斜に構えた。その凛々しい立ち姿からすさまじいまでの殺気が迸った。

「俺の父は星麗、俺は星麗の子だ。星麗の子が魔月であるはずがない。これでもまだ俺が魔月だなどとほざくか」

その言葉は魔月たちに衝撃を与えたようだった。「星麗…星麗の子? そんなまさか――」「あなたではない?」「嘘だ…」さざ波のように疑惑の声が沸き起こる。

キマイラだけが、三つの頭に余裕の表情を浮かべて重々しく告げた。

「ヴァルラムの大神殿へお行きください。それですべてがわかる…真実が」

「いい加減にしろ。俺は帰る。邪魔をすれば叩き斬る!」

言うが早いか、ライトは踵を返して駆け出した。

「お待ちください!」

ライトは全速力で駆け、広大な広間の入口で渦を巻く闇の中に飛び込んだ。それからどうなったのか、はっきりと覚えてはいない。ただがむしゃらに駆け続け、気がつくと半壊した宿の部屋に戻ってきていた。

部屋には不気味なほどの静寂が漂っていた。階下から物音もしない。生きている人間がいないのかも知れない…。

ライトは息を切らしながら、すべては夢だったのではないかと思った。

―そう、夢だ…

ライトは自分に言い聞かせた。すべては魔月どもが見せた悪い夢に違いない。彼らは人間の弱みに付け込み悪夢を見せる性悪の魔月だったのだ。騙されてはならない。

しかし奴らには運がなかった。自分を標的に選ぶとは。誰あろう、この自分は―

「俺は星麗の子だ。魔月などではない…」

ライトの呟きを、割れかけた小さな窓からのぞく月だけが聞いていた。