リュティアたちを救った少年は、その名をライトファルス―ライトという。

彼はリュティアたちを救ったあと、三日かけて街道沿いの町ミュファへと到着しようとしていた。ここはアタナディールからヴァルラムへ向かう旅人なら必ず通る宿場町だ。

町の大門が見えてきたところで、ライトは懐から重々しい石版を取り出した。

この石版は、彼が生まれた時から持っていたという不思議な石版だ。彼はこの石版の導きにしたがって、この半年間旅を続けていた。

「 “おお 炎よ そは憎しみ 大地の記憶の山 アタナサリムよりいでし力”か…」

石版に刻まれた文字は、まだ半分も読むことができていない。

だがこの文字だけを頼りに、彼は旅を続けていた。

「おい、アタナサリムはこっちで合っているか」

彼が声をかけたのは、なんと頭上を飛ぶ通りすがりのカラスだった。

カラスは方向転換してばさりと大きく羽を広げると、ライトの肩に止まりカーと鳴いた。

「そうか…ありがとう」

生まれたときから彼に備わる特殊能力。

それがこの、動物と話す力だった。

なぜか彼は、いかなる動物とも、心通わし言葉までかわすことができるのだった。

カラスと話したことで、確実に目的地が近付いていることがわかると、彼は町の門をくぐった。町はヴァルラムへ行ってひと山あてようという商人たち、そんな彼らを客とした様々な物を売る商人たちで門のところまで溢れ返っていた。
ライトは軒を並べる店を素通りして歩いた。時刻は夕刻。ライトが夕食の買い物で賑わいを見せる大通りを逸れ、路地裏の安宿をとるまで、半刻とかからなかった。慣れたものだ。

安宿の一階の食堂で味気ないシチューを食べていると、若者たちのうわさ話が耳に届いた。

「二か月前のあの事件以来、ここいらでもちらほら魔月が出るらしいぜ」

「おおこわ」

―魔月。

その言葉を聞くと、ライトは父から聞いた聖乙女の伝説を思い出さずにはいられない。

伝説では、聖乙女現れし時、再び魔月との戦いが始まるという。魔月が現れたということは、やはり伝説の聖乙女も現れたと考えてよいのか…。だとしたら、この世界はこれからどうなってしまうのか…。聖乙女の17歳の誕生日の日に、「最初の叙情詩」をもう一度つくることができると、伝承が残っているが、それは本当なのか。

ライトが物思いにふけりながら黙々とシチューを口に運んでいると、急にあたりが騒がしくなった。

見れば覆面の男たちが四人押し入り、不運な客を羽交い締めにして剣を突き付け、カウンターの店主に何事かがなっている。

ライトは匙を口に運び続け、食べ終えるとゆっくりと立ち上がった。

「全員、動くな! 店主、動いていいのはお前だけだ。さっさと金を出せ! ん?」

ライトの動きに気付いた覆面男の一人がわめいた。

「動くなと言ってるだろうが!」

しかし次の瞬間男はのけぞって倒れそのまま気絶した。何事かと目を剥く隣の覆面の手から、剣が弾き飛ばされる。思わず人質を離し剣に手を伸ばした男の鳩尾を強烈な一撃が見舞い、男は失神した。次の瞬間には残りの二人もそれぞれ首の後ろに一撃をくらって昏倒した。

あっという間の出来事に、誰もが呼吸も動くことも忘れた。

呆然とする人々の視線の中、ライトだけがゆっくりと体を動かし低い構えを解いた。その手には鞘に入ったままの長剣が握られていた。

「あ、ありがとうございます!!」

カウンターから中年の店主の男がまろび出てきた。

「何かお礼を―」

「別に。礼などいらない。ただ、目障りだっただけだ」

ライトは再び剣帯に剣を吊るしながら淡白に言った。

「それより教えてくれ。“大地の記憶の山”へはここからどれくらいかかる?」

「大地の記憶の山というと…アタナサリムのことでしょうか。それなら二刻とかかりませんよ」

「二刻…」

それはライトが予想していたよりはるかに短い時間だった。店主はとまどいながら手を揉みしだいた。

「そんなこと知ってどうなさるんで?」

「悪いが俺の部屋の予約はなしにしてくれ」

そう言い捨てるとライトはそのまま立ち去ろうとした。

「まさか、今からあの不毛の山に向かわれるのですか? あそこはまずい。足を踏み入れれば呪われるという死の山ですよ。せめて、せめて一晩休んで朝を待ってから…」

必死の店主の言葉にも、ライトは振り返らなかった。

「…俺に構うな。俺は、行かなければならないんだ」