「きっかけは些細なことだった。」
『そんな大事なこと私に話していいの?』
聞いて欲しいの、と哀しく笑ってみせた夏穂。
「ある雨の日。と言っても1年前だけどね。夜8時ぐらいに散歩してたの。帰り道、捨てられてしまった子犬がいてね、みんな"かわいそう"とは言うけど誰も連れて帰ろうっていう人はいなかった。でも一人だけいたの。」
『それが橘先生…ってことね』
「姫依は理解が早くて助かる」
なんて、泣きながら言うんだよ?
そんなの…
『バカッ…今はそんな事言ってる場合じゃないでしょ…!』
その言葉と同時に私は強く夏穂を抱きしめた。
「…諦めよ、って思った時期もあって…!でもっ!」
『言わなくていい、分かってるから』
「っ…!き、いっ!」
それから30分ぐらいして夏穂は帰っていった。
送る、と言っても"気にしないで。今日は姫依に甘えすぎちゃったし"そう言って断り、歩き出した。
『大丈夫、私がいるから…』
小さくなる背中をいつまでも見ていた。

