「それ、一枚もらっていいかな」



母親に頼まれてサインを求めに来た小さな女の子に、十はメモ紙を一枚もらった。

もう視界には、桜の木が近づいてきてる。



「私、学校だから降りるよ。十はどこへ行くの?」


「オレも降りるよ。でも少し周りに人が増えたから、先に降りてて」



頼まれれば、何でも引き受けてしまう十。

いったい何人と写真を撮るつもりなのか。



「あの子、十くんの彼女かなぁ」



電車を降りる瞬間に耳に入った小さな声に、動揺しながらもうれしさを隠せない自分がいた。

改札を出る足が軽い。


変なの…、ばかみたい。




駅を出た景色はずっと変わらないのに、私の気持ちはどんどん変わってた。

今歩いてるこの道が、あの時の道に戻ればいいのに。



ざわつく桜の木の下で、かすかに耳鳴りがする。



『涼ちゃん』




どうしてあの時を、最後にしてしまったのかな。