「なんだか悔しい!」

思わずつぶやいた私を、柿坂君のミステリアスな瞳がまっすぐに見つめる。

「じゃあ、ちゃんと仕事覚えてくださいね~」

「う・・・っ」

思わず声を詰まらせた私に、柿坂くんは、さっきから肩に担いでいたあの測定器をぽんと渡してきた。

「うんとね、それ、まずは、柄についてるスイッチを押して」

「え?!あ、はい・・・!」

柄の先についてる小さなスイッチを押すと、ピッと音がして測定器の小さな液晶に0と表示される。

「先についてる箱っぽいそれを床に当てると、光沢度が数字になって表示されるから、それを、このファイルに書き込むっていう・・・すげー簡単なお仕事!」

そう言って、柿坂君は私の手ごと測定器の柄を握ってきて、測定ボタンを押す。
ふわっと、作業服から香水のようないい香りがして、私は、またしてもどきっとしてしまった。
でも柿坂君は、わざとそんなことしてるってよりは、むしろ完全無意識で、本当になんの下心もなくそんな行動をとってるみたい。

こんなにイケメンなのに、この子、なんだか植物みたい。
いわゆる、草食系男子って人種なのかも?

そんなことを思いながら、とりあえず、柿坂君と一緒に、売り場内の測定箇所を回ってみる。

「おはようございまーす」

早朝勤務の食品レジチェッカーさんたちが、すれ違うたびにそう声をかけていってくれる。
そのたびに、あわてて「おはようございます!」と返す私。

うん・・・
確かに、事務局じゃここまでまめに挨拶することってないかもしれない。
バックヤードで誰かとすれ違うときは、必ず挨拶をするようにって規則では決まってるけど、売り場を巡回するのが仕事じゃなかったから、ある意味、すごく新鮮!!
黙々と無言でパソコンに向う仕事とは全然違う。
というか・・・
清掃さんがこんなに色んな従業員と顔合わせる仕事なんて、ほんとに初めて知った。
もしかすると、私にかけてる社交性というやつが、ものすごく必要な仕事かもしれない。

そう思うと、ますます気が重くなるな・・・

その時だった。
突然、売り場を歩く私と柿坂君の背後から、やたらと可愛い声の挨拶が上がったのだ。


「柿坂君、おはよう!」

「あ・・・おはおうございます」

柿坂君は足を止めて、声の主を振り返る。
私もつられて振り返る。


満面の笑顔でそこに立っていたのは、コスメ売り場勤務と思しき、二十歳そこそこだろう販売員さん。
HMCという化粧品メーカーの制服を着てる・・・
化粧品メーカーの販売員は、だいたい可愛い女の子が多いけど、この子も、目鼻立ちのくっきりとしたすごく可愛い女の子。

でも・・・・!!
その視線は、私の存在を完全に無視して柿坂君のほうばかりを見ている。