「お、お母さん???
あれ?」

私は、ハッとしてベッドの上で起き上がった。
そんな私をまじまじと見て、母は、大きくため息を吐くと、呆れたようにこういったのだ。

「もぉ~・・・・朝から変な寝ぼけ方しないでよ!
びっくりしたじゃない~!」

「寝ぼけ・・・て・・・た!?」


なにそれ恥ずかしい!!
しかも・・・あんな夢とか見ちゃってて・・・・!!
私、まさか欲求不満!?

自分で自分にがっかりしながら、私は大きくため息をついて、パジャマ姿のままカーペットの上に立った。
そんな私を可笑しそうな表情で見ると、母は言うのだ。

「変な寝ぼけ方したせいで、30分ぐらい早起きしたんじゃない?
朝ごはん作るから顔洗ってきて」

「はーい・・・」

情けない気持ち一杯で、私は、馴染み深い実家の洗面所まで歩いた。
水垢のついた洗面台で顔を洗って、歯を磨いて、脳みその一部を覚醒できないままダイニングへ。
いつもの席に座って、リビングのテレビをつけて、いつも見てる朝の情報番組を観る。

築20年の二階建4LDKの実家は、母の一人暮らしには少し広そうだった。

私の父は、三年前に心筋梗塞で急逝した。
正直、私は、父が嫌いだった。
急逝した時はびっくりしたし、呆然としたし、確かに悲しかったけど、不思議と喪失感はなかった。
元から、家庭など顧みない人だったから、家の中にその姿がなくても、たいして気にならないというか、薄情かもしれないけど、感覚的にはそういう感覚。
インフルエンザで39度も熱を出し、寝込んでる母をたたき起こしてわざわざ夕飯作らせるような人だ、そんな人間を、好きになれというほうが無理がある気がする。
だから私は誓ったのだ。

私は、間違っても絶対父のような男とは結婚しない!!
結婚するなら、優しくて思いやりのある王子様のような人がいい!!!

なんてことを、以前、短大の友達に力説したら、「厨二病もいいとこ!朝香は一生結婚なんかできない!」ってものすごーくお説教を食らった。

でも、お説教食らわなくても、そんなこと無理があるって私だって知ってたよ。
知ってたけどさ・・・
とにかく、父の横暴で苦労して泣いてた母を知ってるから、私は母のように我慢する女にはなりたくないし、父親のような傲慢な男と一生付き合うなんてこともしたくない。
母のような平凡で地味な人生が、私には許せないのかもしれないけど・・・

私は、朝の情報番組からふと視線をはずして、キッチンでお味噌汁を作る母の後ろ姿を見る。

ピアノを弾くことが好きなだけの、本当に平凡な主婦である母、清美。


あの時・・・
東京湾wonderlandで母を抱きしめたあの男の人は、一体・・・
誰だったんだろう・・・・?


そんなことを思ったけど、なんとなく、聞いてはいけないような気がして、私はまた、朝の情報番組に目を戻した。

「久々に帰ると、やっぱり実家っていいね~」

そんなことを言った私の元に、母は、出来立てのお味噌汁と炊き立てのご飯を持ってきてくれる。
ダイニングテーブルの上には、シンプルなベーコンエッグとフルーツヨーグルト。
この朝食も、以前と全然変わってない。
母は、私の向かいの席に座りながら、なぜか、嬉しそうに笑った。