もちろん俺は予想のしてない事で驚いた。
「まだ名前を教えてなかったわね」
今か?
それは今言うことなのか?
「私の名前は百合〈ゆり〉よ。
出身は江戸、だから京弁じゃないの。そして、ここの女将をやってるの。あとここの--」
「この店の主人、巧〈たくみ〉だ。そして百合と夫婦だ」
いきなりの事で頭が回らない。
江戸の人間はこんな調子で話すのか?
いや話してたな…
「おいおい、俺らは名乗ったんだぞ。
そしたら普通礼儀として名乗るもんだぞ」
え…ああ、そうだったな。
「神崎伊織」
「ほぉ〜、良い名前だな!」
良い名前…?
今、良い名前って言ったのか?
フフッ
頬が緩んでいく。
「あら?」
「ほう、嬉しいんだな」
今、二人が何を言おうと関係ない。
そんな事よりも、自分の名前が良い名前だと褒められて嬉しくてたまらない。
ニヤニヤしているな、今。
引き締めようと思っても嬉しすぎてそうすることが出来ない。
父様と母様に貰った名前が今、褒められているんだ。
「おーいっ!いつまでニヤニヤしてるんだよ!」
巧さんに肩を腕でおおわれた。
「うるさい」
そう言うと巧さんは笑った。
………。
そういえば何か忘れてる気がする。
自己紹介されて、名前を褒められて、すっかり忘れている事がある、はずだ。
