紀久代が我に返った時は周りも静かに風が枝や草木を揺らすだけで男の子の姿は消えていた。

急に寂しさを思い出した紀久代はメソメソと鼻をならして泣きそうに俯いていると前の小道からまだ新しく新調したであろう軍服を着た十六歳程のあどけなさを顔に残した青年が歩いて来た。

紀久代はその立派な出で立ちの青年を見た瞬間に胸の奥がきゅうと締め付けられる感じがして苦しくなった。それは胸の奥から身体に染み出すみたいにポカポカとして温かかった。


これを幼い紀久代が恋だと知るのはまだ早過ぎたのかも知れない。

紀久代はどうしたら良いものか?と暫く黙って俯いて居たのだけれど話すキッカケを探して頭中はぐちゃぐちゃになってしまった。

『お嬢ちゃんは迷子になったのですか?』

青年は紀久代の隣に膝を抱えて座り込みながら話しかけて来た。

『自分が送り届けましょう』


そう言ってまだ下を向いたまんまの紀久代に右手を差し出した。


『名前は何と言うのです?自分は伊藤一郎といいます。さぁ』


そう言いながら紀久代の左手を取り一緒に立ち上がった。



『あんな。ウチ紀久代言うねん』


それだけ言うとまた紀久代は下を向いた。


一郎は紀久代の顔を少覗き込むと優しく微笑んで歩きはじめた。そんな一郎の笑顔が紀久代は嬉しいと思った。