桜が咲く頃～初戀～

以前の香奈ならその紀子の表情も彩未と良幸の事もただ、鬱陶しいと思って見ない様にしていけれど、今は違った。自分の幼い頃の記憶は書き換えられないのだ。周りからは愛されていないと思っていた香奈は、良幸、紀子、彩未、おばあちゃん、おじいちゃん、そして圭亮に愛されていた事は今なら分かっている。

そう思うと何だか寂しかった過去が優しく感じられてきた。

『お母さんありがとう』

そう言って香奈は紀子を見た。紀子は少し涙目になってニッコリと微笑んで香奈の肩を更に強く抱き寄せた。その紀子の顔は昔から変わらずとても綺麗だと香奈は思った。

しばらくしてから彩未の相手をしていた良幸が車椅子に座り直して香奈に溜息混じりに『フゥ』と息をついてから近づいて来た。

『香奈。久しぶりやな。元気にしとったんか？』

そう言ってバツが悪そうな苦笑いをした。その良幸の顔に香奈は胸が締め付けられて同じ様に苦笑いをするしか無かった。