『お電話代わりました。はい。山口良幸の家内ですが。何か?』

そう言うと紀子は暫く黙ったままで重要の向こうの話を聞いていた。

「お父さんだ」

香菜は何となく気まずい気がしてソワソワした。


『はい。わかりました。よろしくお願い致します』


そう言って紀子は重たい受話器をそっと置いた。


『お父さん。何か重たい物を運んだみたいでぎっくり腰になっている医大にいるんやって。太ってるからとりあえず検査もするって入院になったみたい』


紀子は苦笑いをして少し考えてから


『香奈、わるいんやけど。おばぁちゃんの病院迄は連れていくし。帰りはバスで連れて帰って上げてくれない?』


そう申し訳無さそうにいって紀子は朝食の片付けを続けた。



『えー!?彩未、大阪帰るん?』

彩未はそう言うと手足をバタバタさせて嫌々をした。

『そうよ。彩未が居るとお姉ちゃんが大変だからお母さんと大阪かえります』

紀子はそう言うと洗い物で濡れた手を手ぬぐいで拭きながら彩未の背丈までしゃがんで彩未の柔らかい頬っぺたを両手で挟んだ。

彩未も時折やる仕草だった。


『いやぁ!彩未まだここにいる!』


そう言って彩未の大きな目の長い睫毛を伝わるまん丸い涙をポロポロと流した。

その二人の様子を傍で見ていた香奈は遠い昔に駄々をコネて紀子を困らせた時を思い出した。その時も紀子は香奈の頬っぺたを両手で挟んで窘めていた。当時の紀子の手のひらはみずみずしく柔らかった。

今の紀子のカサカサとした荒れて皺が少しある指や手のひらで優しく頬っぺたを挟まれた彩未はそれが当然の様に身を委ねながらも甘えて益々大粒のまん丸い涙を流すのだった。