卒業式を終えて今年は高校生になった椎
兄ちゃん達がいる赤山学院高等部に入った。

2年も離れて違う学校で生活したけど入学してみれば
お兄ちゃん達はここでも人気者で中学よりもその人気は増して。

よく整った男前のきれいな顔に、甘い笑顔
運動神経抜群だし
二人とも昨年からは筋トレにハマってちょいマッチョになった。

ちょうど王字腹肌になった時期にお小遣稼ぎで撮ったパッションカタログが
コカコーラゼロの広告に使われて、
しかも流川豊の息子だと知られて大騒ぎで有名になった。
ただでさえ、二人揃ってれば目立つのに、
そんなの気にせず好き勝手やる自由人。


周りから言わせるとあたしも外観から目立つ人物で
名字も普通じゃない流川だ。
中学時代より騒がしくて、
違う学校に行けば良かったかもとか思ったこともあったけど
寂しい思いをせずに済ませることの方が多かったから
今には全然楽しく思える。

「ねね、君、可愛いね。モデルとかに興味ない?」
「ないです。」
原宿の竹下通りにいる芸能事務所のスカウターはシツコイ
一歩歩くたびにまた違う人に声掛けられて疲れるぅ。
「君くらいなら今すぐにでも撮影できるよ。」
「5分でも良いから話きいてみない?」
「どっかの事務所にはいってる?」

もぅ~うざい!

「興味無いって言ってんじゃん。」
中低音の男の声が椎とスカウターの間を割った。
身長185センチ、高校制服着てるが肩が広くて逞しい体格をしてる。
肩には{SONODA BASEBALLCLUB}と書いてあるレッドワイン色の大きなレザー鞄がかかってある。
「名詞、興味沸いてきたらいつでも連絡してね。」
スカウターは慌てて椎に名詞を渡して消え去った。
「日向君!」
「これで良かった?」
日向は椎に笑顔を向けた。
「ありがとう。助かったよ」
「なら良かった。一人?」
「ううん。奈菜と一緒。妹に頼まれてここに写真買いに行ったの」
椎は地下を指差した。
トップエンターショップって書いてて
ショップの周りはトップエンターテインメントに属しているアイドルの写真が張り付いて
コンサートらしき映像が多数のブラウン管テレビに流されていた。

「なんで外で待ってんの?」
「あたしはあーいうの苦手で」
「そっか、まぁ流川さんにはそこら中のアイドルも普通だし?」
「いやいやいや、そんなこと無いよ~」

なんて和気藹々な雰囲気で流れる会話
日向君は人にぶつからないように道端の外側に立っている。

マナーも良いし、
お兄ちゃんより背も高い人って初めて
逞しいし、優しい

「じゃあ、奈菜ちゃんが来るまで一緒に待つ。」
「え?いいよ~~だって用事あるからここ来たんじゃないの?」
「大丈夫。まだ時間あるから。」
「ありがどう。」

日向聖夏せいか
園田実業高校2年生
園田実業野球部の投手で3番バッター
昨年の新人王タイトルを獲得した。

3ヶ月前
奈菜ちゃんの彼氏が同じ野球部で
3月の春季大会応援に誘われて
一緒に野球場に行った。
1塁の応援席に座ってたけど、3回裏で急に雨が降って来た。
大雨ではなかったので試合は続行。

「え~~雨降るとかいってた?」
奈菜は両手を合わせて顔だけが濡れないようにした。
「ジャジャン!」
椎は微笑みながらかばんから赤い色に白いドット模様の折りたたみ傘を出した。
「さすが椎。準備性バッチシ!」
「これ偶然!いつか忘れかけてた傘をたまたま鞄に入れて、
出すのをまた忘れて今日助かったっていう?」
「アハハ、まじで?」

笑いながら話してると近くで
太くて濁った音がした。
椎の口から「キャぁっー!」って悲鳴と同時に手にしていた傘が飛ばされた。
そしてボールが足元に転がってきた。
「椎!大丈夫?」
「あ、、、うん、、奈菜は?」
「あたしも大丈夫。もう~本当にびっくりした。何いまの?」
「ボ、ボールが飛んできたみたい。」
椎は足元にあるボールを手に取ってみせた。
グラウンドに顔を向けたら
申し訳そうな表情をしている選手がいた。
「ごめんなない」
と、その選手の口がゆっくりと動いた。
「これ、壊れたよ~」
って奈菜がつぶやきながら折られた傘を拾ってきた。

好きな傘だったので小さなだめ息がこぼれた。
この時、初めて、打たれた野球ボールの威力を知った。

「奈菜、濡れるから屋根のあるところに移動しよう。」
もう濡れてるけど。
まだ3月なので風邪引きやすいしこれ以上は濡れない方がいい。
椎達が移動してる間にその選手は1塁まで進塁していた。

背番号5
HINATA


「後で日向君にしっかり弁償してもらうから!」
と奈菜は壊れた傘をちゃんと畳んで椎に渡した。

「うん。そうだね」

4番バッターである彼氏登場でいきなりテンションが上がった奈菜は一所懸命声援を送った。
「あの・・」
と聞きなれてない声が聞こえて、大きな白いバスタオルが出された。
「え?」
椎は首をかじけてその少年を見上げた。
「日向先輩からです。」
と軽く会釈をして早い足で消え去った。
大きなその白いタオルにはWASEDA・BASEBALLCLUBと書いてあって
濡れてる椎にはとてもフカフカと感じられた。
ちゃんと二人分を持ってきてくれた。
「日向君気が利くじゃん。」
奈菜は大きなタオルを肩にかけてすごく喜んでた。
「うん!ふかふか」
日向君か・・・

その日の夜、奈菜を介して日向君から連絡をもらった。
傘の弁償をしたいので会ってください。と

日常から少し離れた場所で
違う空気に包まれたあの日。
日向君の思いもかけない行動はとても新鮮で
心がうわついた。