ウソでしょ!?家族なのに!?
 びっくりして目を見開きすぎた私の視界、その端っこに苦笑するシルヴィ様が見える。
 彼は四姉妹に散々猫を撫で回すような可愛がられ方をした後、乱れた髪を整えてため息をついた。
 肺の奥から吐き出すような深いため息は、細められたシルヴィ様の綺麗な真紅の唇からこぼれていく。
 伏せた瞼を縁取る黒いまつげがくるりとカーブして、その下に薄く開いた紫色の瞳が私を捉える。
「魔族にとって一番手っ取り早いのは家族でエネルギーを供給しあうことよ。体力は人間と同じ食事で補えるわ。でも魔力は別。だから互いに精気と血液を提供し合って魔力を満たしておくの」
「安心してくれ、淫魔にとって最適な食事は交合することだが、家族同士でそれはしない。だが、力の強いシルヴィでも彼女たちにかかれば相当な精気を吸い取られてしまう。淫魔は平等に、誰に対しても容赦しない種族だからな。そして精気を吸い取られたシルヴィは、次に自分の魔力や体力を満たすために君の血を吸う。これで我が家の需要と供給は安定するというわけだ。…嫌悪するかい?私たちを」
「セレお姉さま…」
 グレーの瞳はそのまま鋒鋭い剣のようだった。
 嘘偽りを一言でも述べれば一刀両断にされそうな、そんな硬く尖った空気が私に迫ってくる。
 お姉さまの言わんとしていることは理解出来る。
 私は既に彼女たちの食料サイクルの中に組み込まれている。
 それは私を食料としてみなしている部分が少なからずある、というより家族同士で「食事」をし合うのが魔族ならば、当然私もエネルギーの供給源としてみなされるということだ。
 決して他の魔族と大きな差があるわけではない、それでも「怖くない」と言い切れるのか、と改めて問いただすかのようなお姉さまの言葉と視線。
「嫌悪なんてしません」
「ハニーちゃん!」
 感極まったようなシルヴィ様がぎゅっと抱きついて、またちゅっと額やら頬やら唇にやらかしてくれるけど、今は構っている場合じゃない。
 私はセレお姉さまに視線を固定した。
 花嫁になるかどうかは別問題だけど、シルヴィ様もお姉さまたちも怖くないし気持ち悪くなんてない。
 悪意も殺意も敵意も感じないし、何よりさっきから話に出される事例とシルヴィ様たちはある一点において確実に違っているもの。
「シルヴィ様もお姉さま方も、一つ大切なことを忘れています」
「何だい?」
「感情です。もしみなさんが私を餌としてだけ見ていたなら、私はとっくに恐怖に怯えて震え上がって絶望して嘆いていたかもしれません。でも実際はこんなに落ち着いてる。それはみなさんから温かな感情を感じるからだわ。それが他の魔族と決定的に違うところです」
 きっぱりと言い切れば、お姉さまは満足げに首を何度か縦に振る。
「そうか。なかなか度胸のあるお姫様だ。よかったな、シルヴィ。私はお前を応援しているよ」
 そう言ってお姉さまは立ち上がる。
 シルヴィ様はまだ私を抱えたままだったのだけれど、彼はさっと挙げられたお姉さまの手のひらに軽くパンっとハイタッチして、彼女が退室するのを見送った。
 もちろんセレお姉さまは四姉妹を連れて行くことも忘れていない。
 極上になったらしいシルヴィ様の精気を吸い取った彼女たちは、最初に会った時よりも随分輝いて見えた。
 それぞれにひらひらと手を振って楽しげにセレお姉さまの後をついていく。
 体勢は同じままで彼女たちを見送ると、ちゅ、とシルヴィ様お得意のキスが額に降ってきた。
 おまけに瞼や睫毛にまで。
 最後は鼻頭にひとつ。
 お互いがぼやけて見えるくらい近くに顔を寄せて、視線を合わせてくる。
「怖いとか気持ち悪い、って言えば逃げられたかもしれないのに。おバカさん」
 バカって何よ、バカって。
 だっていい人たちを怪物呼ばわりするなんて嫌だもの。
 ちょっとふくれっ面をしながら、軽く額で頭突いてみる。
「痛くないわよ。ホントにハニーちゃんたら、困った子ね。もうこれ以上手加減はしないからね?」
「普通に可愛がってくれるなら歓迎しますけど」
「アタシの普通がどのくらいか、身をもって知ってもらおうじゃないの」
 シルヴィ様は嬉しそうに宣戦布告して、またひとつ、私からキスを奪っていった。






 続く