バチバチバチッ
「!?」
 馬車の外側で何か凄まじい衝突音がして、馬車の速度が急激に上がる。
 途端シルヴィ様が私を抱きしめる腕の力も強まった。
 窓から外が見えないように大きな手のひらで視界を覆われる。
「ちょ、見えない!何が起こってるんですか?」
 問いかけている間にも何度かさっきと同じ音と衝撃が繰り返される。
 それでも馬車はビクともせずに、ただ速度だけを上げたまま通りを駆け抜けていく。
「ごめんね、外は見せてあげられない。ハニーちゃんを怖がらせちゃうから。でもこれだけは信じて。アタシの側にいてくれればアナタの安全は保証する」
「その代わりに血を提供するの?」
「そう。だってアタシ、もうアナタの血以外飲みたくないのよ。他の人間の血でも魔力は保てるわ。でも全然違うの。アナタの血は甘露。極上の蜜であり深みのあるまろやかなワイン。それにハニーちゃんって運命の人がいるのに他の女の血を飲むなんて浮気してるみたいで絶対イヤ。ねぇ、お願い、そこだけは許して。毎日じゃなくていいから、たまーにでいいからアナタの美味しい血をちょうだい」
 懇願するみたいに私の両手をぎゅうっと自分の両手で包み込んでくる。
 何それ、何この純情乙女みたいな瞳。
 しかも
「ハニーちゃんが最高に気持ちよくなるまでちゃんとゆっくり唇マッサージしてあげる。牙を立てても痛くないようにたくさんアタシの蜜もあげる。アタシの蜜は特別なのよ?麻酔の代わりにもなるし、ほんのちょっとだけハニーちゃんにもアタシの魔力をあげられるんだから。何より、甘くて美味しかったでしょ?芳しくって瑞々しかったでしょ?顔が真っ赤になっちゃうくらい良かったでしょ?」
 なんて畳み掛けてくる。
 そんなこと言われたって恥ずかしいだけで「はいそうですか」なんて言えません。
 ヤダヤダヤダヤダ。
 駄々っ子みたいに首を左右に振り続けて、ふ、と気付いたら。
 窓の向こうで大きな三つ目を顔いっぱいにつけた、全身青黒い鬼のような奇妙な生き物がグワッと口を開けて舌をだらんと出したまま、断末魔をあげる間もなくバシっという音ともに消滅した…のがシルヴィ様の指の間から見えた。
 う、そ…。
 何、今の。
 人じゃなかった。鳥でもなかった。爬虫類でもなかった。とてもこの世の生物とは思えないものだった!!
 不気味さは得体の知れない恐怖に変わる。
 一瞬で体を硬直させて彼を見上げれば、優しく見つめる瞳と視線がかち合う。
「分かってくれた?あんなの雑魚中の雑魚だけど、もっと危険な魔物たちがアナタを狙ってるの。ああいう奴らからアナタを守るのがアタシの役目。だから守らせて。いいわね?」
「…はい」
 そう頷いてしまったのは、多分さっきの光景で有り得ない程ダメージを受けた私が、ちょっとパニックを起こしていたからに、違いない。






 続く