「えーと、紙がね、つまってて、で、全部取ったと思うんだけど、コピー機が動かないのよ。」

とりあえず、熊に現状報告してみる。

「あぁ?じゃあ、あれか。お前がつまらせたヤツを取らなきゃ、俺が印刷したヤツは出てこないってことか?」

面倒臭そうに熊がのしのしと近づいてくる。

そそそ、と私は横にずれ、熊にコピー機前をゆずる。(正確には、コピー機ではなく、複合機なのだけれど、ウチの会社では、皆コピー機と呼んでいる。)

コピー機の前にのっそり、と鎮座したこいつは最近私が属する部署に異動してきた高峰 小太郎32歳。

でっかいのに小太郎かよ、とヤツを散々罵ったのは、先週開催されたヤツの歓迎会での事だ。

あぁ、名前って大事だよね。

しみじみと噛みしめる。

だって私の名前は田中 葉萌(たなか はもあ)。

葉萌。10代の頃はまだよかった。

だが、花咲く時期をとおり越した30歳。この名前はいただけない。

しかも、苗字が“田中”だ。

こんな平凡な苗字にメルヘンな名前、イタいだけだ。

ぼーっと熊を眺めていると、その大きな体からは想像できない繊細な動きで指を動かし、つまった紙を見つけ、取り除いていく。

おぉ、熊って器用なんだな。

しみじみとヤツの華麗なる指先に注目する。

「っで、どうだ?」

熊が前面パネルをそっと閉じると、私を無視し続けていたコピー機がウィィィンという音とともに復活した。

「ちっ!むかつく。」

「あぁ?なんだ?直してやった俺に文句があるのか?」

「あ、いや。あんたじゃなくて、コピー機よ。
私があっちゃこっちゃいじっても直らなかったのに、あんたがいじったらあっさり直ったじゃない。
なんか、むかつく。」

私のわかりやすい説明に、ヤツは渋い顔でこちらを睨む。

こえー。

熊、睨むと迫力あるなぁ。

「おめぇが雑にやるから直るもんも直んねぇんだよ。
ちぎれた紙が残ってたぞ。」

「おぉ、ありがたや、ありがたや。」

熊の小言が邪魔くさくなってきた私は、ヤツに向かって両手を合わせる。

苦虫を噛み潰した顔、のお手本のような顔をした熊を横目に、自分のコピーをささっと手に取ると、いそいそと自分の席へと向かう。