あと…数センチ……

あと……数ミリで触れようとしたとき。



「ただいま〜!!」


玄関のほうから、母さんのバカでかい声が聴こえて、握りしめていた優花の手を慌てて離した。


「………み、実里ママだ…」

「……うん…」


やたら気まずい雰囲気が流れて、俺は慌てて普通にやり過ごす。


「…あ、飯……食べる…?」

「……うん……。でも、こんな顔じゃいけないから、もう少ししたら下に行くね」

「……おぅ、わかった…」


気まずい雰囲気に、なんか歩き方までおかしくなる。


ぎこちない歩き方で部屋を出ようとした時、「…ユキちゃん…」と優花に呼び止められる。


「……ん…?」


振り返ると、薄暗くてはっきりはわからないけれど、優花の表情が赤く染まってるかのようにも見えた。


「…………ううん……。……何にもない…」


そう言って俯いた優花に不思議に思った代わりに「……カレー、あっためとくから、早く降りてこいよ」と笑って部屋を出た。



ゆっくりと閉めた部屋のドアに背をもたれかけさせ、さっきまで優花の手を握りしめていた右手に視線を落とした。



俺だって…


母さんや、風馬、ケーゴさん…

それに……

優花と離れるのは嫌だ。



たまに出てくる酸っぱいだけの母さんの味噌汁とか、

全然勝てないケーゴさんとの腕相撲とか、

風馬とかバカやってからかい合うこととか、


……優花の笑顔とか、声とか、温もりとか、匂いとか……


当たり前にになっていた、そんなことがなくなることなんて、考えたくなかった。



………でも…



もし……俺が、


何かを犠牲にするとしたら……


……もう、答えは一つしかなかったー。