ゆっくりと梶木君の胸から顔を離すと上を向く。


その瞬間、優しく微笑む梶木君の目に魅いってしまった。


まるで自分が梶木君に大事にされてると勘違いしてしまいそうなその目。


そんな訳ないのに。



「えへへ。満腹です」



へらっと笑って一歩後ろに足を下げる。


たったそれだけで、さっきまで凄く近くにいた梶木君が一気に遠くなった気分だ。



「あっそ」



どうでもよさそうなその言葉にも、どこか温もりがある気がするのは、私がそうであって欲しいって願ってるからかも。



「じゃあね、森山さん」



それだけ言って私に後ろ姿を向けた彼はもう振り返らないんだろう。



「うん。4日後にねー!」



大声を上げてそのまま彼の後ろ姿が見えなくなるまでその場でブンブンと大きく手を振り続ける。


結局、梶木君は一度も後ろを振り返らなかった。



ちょっとだけ、本のちょっとだけ振り返るんじゃないかと思ってた。


梶木君と会えただけでも幸せなのに、もっと…と欲が出るのが人間ってもんなんだ。



フフッと自分の事を鼻で笑うと、踵を返して歩を進める。


不意にチラッと横へと視線を向けると、生い茂る緑の木々の根本に置かれている白百合の花束が目に溜まった。


ここは病院。


元気になって退院する人もいれば、ここで亡くなってしまう人もいる。


白い花束にそれを実感させられる。


顔を上に向けて空を仰ぐ。


雲一つない晴天。





梶木君のおばあちゃんが早く元気になって退院できます様に。