梅雨という時期も中盤に差し掛かった、六月初めの事。梅雨前線は全国的に影響を及ぼし、某県にぽつりと存在する此処、小鳥遊市でも、最近はめっきり日の目を見ない。
洗濯物が乾かずどうしようかと頭を悩ませる主婦、傘を閉じ差ししながら通勤するサラリーマン、湿気で徐々にやる気を失っていく学生。

そんな人々を尻目にーー傘1つ差さず、町中を駆けていく男子高校生の姿があった。

「っはあ、はあ……!!」

彼の名は有栖川誠(アリスガワ マコト)。公立白銀高校に通う、現役の高校2年生である。
無難な容姿、無難な成績、無難な性格。飛び抜けた才能も、目も当てらない程の欠点も無い、恐ろしく″一般的″に当てはまる高校生だ。

そんな彼が何故、こんな時期に制服をずぶ濡れにしてまで町中を駆けずり回っているのかというと。


「アリスくんアリスくんアリスくんアリスくん! ねえねえどうして逃げるの!? アタシはただアリスくんと仲良くお喋り出来たら良いなって思ってるだけなのに!!」

「そ、それならっ……ハサミを持って追いかけてくるのは止めてくれるかなっ……?!」

「だってハサミが無いとアリスくん逃げちゃうじゃない!」

「ハサミが有るから逃げてるんだよ!!」