「監督、こないだの話なんですけど」

「あー、うん。決めてくれた?」

「すいません」


 悠翔は、監督に頭を下げた。


「て事は…」

「はい。俺、この役やりません」


 顔を上げて、監督の顔を、目を見て言う。


「すいません」

「いやいや、大丈夫大丈夫。忙しいもんね、乙津くん。じゃ、また声掛けさせてもらうね。今日は、頑張ろう!」

「はい。すいません」


 悠翔は、もう1度監督に頭を下げると、ニコッと営業スマイルを作った。


 ね?


 ん…?


 誰かの声がした、気がした。

 辺りを見回しても、悠翔に声を掛けたと思しき人は見当たらない。

 スタッフや、共演者たちが慌ただしくスタジオを駆けまわっているだけ。


 気のせい、か……。


 そう割り切って、先程監督に渡された台本を開いた。

 
 そう、きっと…気のせい、さ。

 
 誰かが、陰でこっそり笑ったのに気づきもせずに…。