休日の遊園地駅は数分置きに到着する電車から吐き出されてくる人たちでごった返していた。少し背伸びをするように改札口を確認する駿太郎は、改札口から少し離れた柱の前に携帯電話を握り締めて立っていた。時間だけはある大学生が、なにも休日を選んで遊園地に来なくてもいいのに、と駿太郎は思う。それでも羽田が寂しい遊園地は嫌だと言うから、人込みの中に羽田を探す。
 時計の針は、待ち合わせの時間を5分過ぎた。待ち合わせの時間に正確な男が遅刻とは珍しいこともあるものだ。よし、アイスクリームをたかろう、と冗談半分に思う気持ちのどこかに、何かあったのではないかと不安に思う気持ちを見つけて、いや、まさか…とそれを否定する。駿太郎は再び改札口に目を向けた。
 手にした携帯電話が震えた。
 『遅れてごめんね。OO駅で急病人が出たらしく電車が止まってた。もう直ぐ着くよ』
 『良かった!何かあったかなって少し思い始めてたとこだった。改札を出て、左の方、少しすいている柱の所にいるから。』
 
 ほどなく、改札口から出てきた羽田は紺色のタータンチェックのダッフルコートを着ていた。そのコートは少し古びていたが見るからに上質そうなコートだった。かっこいいね、と駿太郎が言うと
 「叔父が若い頃に着てたコートなんだ。母の弟。俺も気に入ってるの」
 と、照れ臭そうに言って「着てる本人も、って付け加えろよ」と笑った。

 人々が一方向に流れる。カップルも家族連れもみなが一様に笑顔だった。
 人混みの中で自然に二人寄り添いながら、指先が触れるたびにそっと目を交わした。何度でも肌を重ねているのに、手を取ることや指先が触れることに慣れない。初々しい自分たちに苦笑してなんでもない振りで歩く。
 大きな歩道橋の向こうに、幼い日の記憶に残るおとぎの国への入り口があった。人々を飲み込んで行く。飲み込まれていく人々の方はそうだと気付かないままに。
 思えば遊園地など幼い日に家族で来て以来だ。
 「デート、か」
 ぽつりと、つぶやいた一言は人混みの中に散る。隣を見上げると羽田は大きな門構えをぐうーっと伸び上がるように見つめていて、駿太郎の視線に気づくと口元を綻ばせた。
 「隠れキャラクターがいるらしいよ。それを見つけると幸せになれるんだって。本当かどうかわからないんだけど」
 「都市伝説みたいな?」
 「そうそう。な、駿太郎も捜して。」
羽田の肩越しに見るパステルとラメの装飾は分かり切った嘘だと言うにはあまりに甘く、夢と現実の狭間に相応しく聳(そび)えていた。

 「あれ?羽田君?じゃない?やっぱり!」
 斜めに流した前髪を耳に掛けている。赤い縁のメガネは奇を衒っているようには見えず、彼女にとてもよく似合っていた。方に掛かるか掛からないかの髪は真っ直ぐで彼女の性格がきっとそのように真っ直ぐなのだろうと思えた。白いタートルネック、ボックスプリーツのグレーのスカートと黒いタイツに黒いブーツを履いていた。とても愛らしく真面目そうだ。
 「こんにちは。」
 駿太郎に笑い掛ける笑顔も完璧だった。
 「こんにちは…。」
 作り笑顔を浮かべて挨拶をした自分のどこかに綻びがなかったか、そんなことを頭のどこかで考えながら一瞬の内に彼女を観察して、駿太郎はそれがかの「佐々木さん」だとすぐに感づいた。彼女の後から女の子が二人追いついて、ぶつくさと文句を言いながらも羽田と駿太郎の前で少し髪を直したり服を気にしたりしている横で、羽田に話しかける彼女はとても自然で駿太郎の頭の冷静などこかが「ふたりはお似合いだなあ」と思っているのだった。
 「あぁ!うん、覚えてる。同級生がいるって言ってたよね。ヒラガさん。」
 「え?ええ、僕?」
 「うん、羽田君がミステリーに興味を持ったきっかけがお友達だったって。あ、私、佐々木優子です。こちらも同じくミステリ研究会の…」
 「平賀です。はじめまして。」
 「男子二人で遊園地ですか?ふふふ。あるんだ、そういうのも。私たちは女子3人なんだけど、もしよかったらご一緒しませんか?」
 「平賀は人見知りするから」
 「あ、そうなんだ。じゃ、またどこかでお逢いしたらね。じゃ、お先に。」
 「ごめんなさい。」
 「いえー、ぜんぜん!じゃ、羽田君、またね!」
 「うん。バイバイ!」


 「人見知り。」
 「だろ?」
 「そうだっけ?」
 「そうだよ…。」
 スキップをするように門をくぐる女の子の背中を見送りながら、駿太郎はふと駅ビルのウィンドーを思い出した。三体のスキップするようなマネキン。あんなふうに、楽しげに。そして、彼女たちのあとを、女の子を連れた夫婦が同じように門をくぐって行った。手をつないでいる。子どもの歩調に合わせてのんびりと歩いているのに、その姿はそれでもスキップするように楽しそうに見えた。

 幸せであることに何のためらいもない。

 駿太郎はほんの一瞬だけ戸惑う。躊躇う幸せも、幸せと呼んでいいのだろうか。幸せだと思う。間違いなくそうだと言い切れるのに、どうして躊躇うなどという言葉を使うのか、キリキリと心臓を揉む自分自身の言葉を打ち消すように、門を見上げて駿太郎は隠れキャラクターを捜すことに専念した。