更衣室を出る 自然と早足になる

平静をよそおいながらも かばんを握り締めて

少し首のうしろ うなじの部分と

指の付け根が 熱い 汗ばんでくる


目の前がちかちかする さっき見た 赤が

頭の中より 黒目に焼き付いて ちかちか


黒木さんは 黒くて細いフレームの眼鏡に

長くてまっすぐな髪 白い肌 綺麗な指

でも誰かと 喋っているのを 見たことない


黒木さんは 真面目で 頭がよくて

あまりよく笑わない 大きな声を出さない


ナナちゃんみたいに スカートを短くしたり

ミオちゃんみたいに 色つきのリップをしたり

そういう違反 しない

違反 といっても みんなにぶりっこ

「ないしょね」と言いふらしてるだけ だけど


膝下のスカート 綺麗に結ばれたスカーフ

これが黒木さんの 完全装備だ


さっき私が 更衣室に入ったら

ひとり 黒木さんがいた でも

はじめは誰だか 気付かなかった


眼鏡をはずして 

ひとつに束ねた髪をほどいて

床にすわって

足を広げて

靴下を脱いで


自分の 髪を 手で すく けだるげに


ふせたまぶたが 悲しそうで

まばたきに揺れる睫毛が 震えていて

けだるそうに 面倒くさそうに

自分の髪を 相手してるみたいで


知ってる?

「女子」は弱く見えて 実は弱いふり

「女」は怖がられるように見せて 魅せて

ほんとうは 弱いのを隠すのに必死


怖い 妖艶な でも弱い 「女」で

ナナちゃんやミオちゃんとは違う

「女子」じゃなくて「女」で


ナナちゃんやミオちゃんみたいに

こざかしい こそこそする 下らない違反じゃなくて

足の爪に 赤く塗られた マニキュア


黒木さんの 足のゆびの先に

花びらが散ったようで 花びらが乗ったようで

それはとても 綺麗 で


完全装備から 疲れたから と

顔だけ出した 人魚みたいに

白い靴下の 奥に 隠された

赤い花びら 赤いマニキュア 赤い違反 赤い罪


決して紅くはない 鮮やかじゃない 赤

それが肌の白さと お互いにお互いを 際立たせる


目が合うと なぜか見てはいけないものを

見てしまった気がして 慌てて 焦って

黒木さんは ふっ と微笑んで

「秘め事ね」 と言った


そして もう疲れたよ と呆れる

猫のように 目を閉じた


その瞬間 わたしは

逃げ出してきたわけだけども……


初めて 「女子」のないしょとは違う

「女」の秘め事を見て

ばれたらどうするんだろう……

あんな赤いマニキュア

ばれたら生徒会が怖くて 校則違反で


ああ そうか

黒木さんは 校則に縛られながら

密かに堂々と違反をする 赤い罪を犯す

「女」なんだ


完全装備に隠された 女の罪