「無理は、させてはいない」
「いえ、無理をさせています」
「そうだったかな?」
「はい。以前、“古代文明の証拠を持って来い”という理由で、アドレーの洞窟に無理矢理行かせたということを記憶しています。アドレー洞窟と言ったら、一般人の立ち入りが禁止されている場所です。それだというのに、アルン様は強制的に連れて行きました。思い出しましたか?」
「そんなこともあったな」
冷静に装っていても、動揺は隠しきれないでいた。
アルンはセシリアから視線を逸らすと、何事もなかったかのように角砂糖を摘む。
しかしやはり動揺をしているらしく、カップに入れるはずの角砂糖を落としてしまう。
それを見逃さなかったセシリアは、鋭い指摘をした。
「アルン様。動揺なさっていますね」
「あ、あれは……確かに、マズかったな」
「そうです。かなり危険でした」
強制的に、アドレーの洞窟に行かされたウィル。
仕方なくその中を探索し、それらしきものを発見し持ち出すことにした。
あの洞窟は、滅多にトレジャーハンターが近付かない場所。
その理由は、吸血蝙蝠の住処であったからだ。
無論、住処を荒らした者には手荒い歓迎が待っている。
「まさか、あのような姿に――」
「もう少し、ウィル様を大切にしてください」
数十匹の吸血蝙蝠に追われ、命からがら逃げ出したウィルとディオン。
その身体には無数の傷があり、中には蝙蝠に噛まれた痕も。
屋敷に到着した時は、全身血だらけの服はボロボロ。
相棒のディオンもシッポを噛まれており、アドレー洞窟の凄まじさを物語っていた。
「あの後、口を聞いてくれなかった」
「それは、当たり前です。傷が治るまで、寝込まれたのですから。本当に、ウィル様のことを――」
「反省はしている」
「そう仰るのでしたら、今回の件はどのように説明なさるのですか。あの牧場でしたら、態々ウィル様が行く必要はないです」
「大丈夫。危険はない」
アルンの数々の仕打ちに、セシリアは深い溜息をつく。
今のところ、アドレー洞窟のように命の危険が迫るような仕事は行わせていない。
だが、何かにつけ「ウィル、行って来い」というのは、可哀相とセシリアは言う。
二人は血の繋がった兄弟であり、使用人とは違うのだから。


