「頼むだけ、頼むよ」
と言うが、ハッキリ言って期待はできない。
機嫌が良ければ可能性がないわけでもないが、それは無理だろう。
そもそも、アルン相手に奇跡が起こることはない。
それに取引先でトラブルが発生していたら、必ず八つ当たりが待っており――これほど、恐ろしいものはない。
久し振りの実家への帰郷。
アルンの機嫌が良いことを願うしかない。
しかし、可能性は低かった。
そう、相手は、気紛れが酷かった。
◇◆◇◆◇◆
「そろそろ、お帰りになるでしょう」
大量の資料を抱えた女性が、冷静な声音で呟いた。
そして掛けていた眼鏡を外し、窓より外を覗く。
先程と変わらない青空が広がっていたが、風に乗って流されてきた薄い雲が中庭を包み込んでいた。
それはまるで、朝霧に包まれたような光景に近い。
すると草木の手入れをしていた庭師が、突然の雲の登場に仕事を中断し片付けをはじめてきた。
どうやら巨大な雲の中に、ユーダリルが入ってしまったようだ。
こうなってしまうと、過ぎ去るのを静かに待つしかなかった。
「無事であれば、いいのですが」
「これくらいの雲で、心配することはない。これで慌てているようなら、ユーダリルでは暮らせない」
「そうですね。飛竜も一緒です」
「そういうことだ」
「ですが、心配です。“もしも”ということが、ありますので。ウィル様に、何がありましたら……」
「あいつも、それは心得ている」
ユーダリルは空に浮かんでいる為に、風向きによって島全体が雲に包まれてしまうことがある。
この光景はユーダリルでは当たり前になっているので、此処で暮らす人々はそのことを気にしていない。
だから多少気に掛けてもいつものように過ごし、日々の生活を送る。
だが、危険は存在した。
雲が濃くなってしまうと視界が悪くなってしまい、事故が発生する確率が必然的に高くなってしまう。
島の周囲に柵が作られているとはいえども、落ちないとは限らない。
今の所落下したという話は聞かれないが、これから先どうなるかわからない。


