ユーダリル


「もう少し、近寄れるかな」

 運がいいことに、薄桃色の花を咲かせた植物を大量に発見することができた。

 ウィルは適当にそれらを摘まんでいくと、腰に巻いてあったポーチの中に無造作に突っ込んでいく。

 この花の真の価値が理解していないウィルにとって花はただの花なので、その扱いは荒かった。

「これで、いいかな。そうだ! 風呂に、入るか? この前は忙しかったので、入れてやれなかった」

 刹那“風呂”という単語にディオンは過敏に反応すると、空中で暴れだす。

 週に、二・三回の風呂タイム。

 それはディオン最大の楽しみで、三度の食事より風呂の方を優先するほど大好きである。

 確かに入浴は身体の汚れを落とせるので気持ちいいが、此処までとは――

 ウィルは思わず、溜息を付く。

 実家の広い中庭で草木を愛でながらの入浴タイムは、ディオンにとっては風流そのもの。

 それに、全身の全身を包む泡の感触が心地良い。

 それにより、ディオンはいつも眠ってしまう。

 一方、ウィルの肉体疲労は半端ではない。

 そして――

「その前に、許可を貰わないと」

 屋敷の管理を行っているのは執事ノーマンであったが、実質的な権力者はアルンに代わりない。

 それに実の弟であったとしても、中庭でディオンを洗うことは許されない。

 一度内緒で行った時、中庭を泡だらけにしてしまった。

 無論、アルンの雷が落ちたことは言うまでもない。

 そのことを知っているディオンは切ない声で鳴き、どうにかしてほしいと懇願してくる。

 アルンに対し下手な反論は死を招き、何より資金提供が止められる可能性が考えられる。

 そうなってしまうとまともに仕事ができず、同時にディオンの入浴回数も減ってしまうだろう。

「このチーズで、機嫌が良くなればいいけど」

 しかし食べ物で気分が左右されるほど、アルンは甘い人物ではない。

 此処は頭を下げ、頼むしかない。

 だがディオンの為とはいえ、頭を下げるというのは身体が拒絶反応を起こす。

 何だかんだで、アルンの権力は絶大であった。

 あの年齢でこの権力は、末恐ろしいものがある。

「兄貴、もうちょっと優しくならないかな」

 持ってはいけない人物が権力を持ってしまったことに、全身から嫌な汗が吹き出てしまう。

 そして、血の気引いていく。

 アルンの場合、その権力を感情のままに使っていく。

 だからこそ多くの者が迷惑を被り〈ユーダリル〉の中で、アルンに勝てる者は――多分、いない。