“ゆで卵”にならなかったのが、奇跡に近い。
文献には少しの熱では動じない殻だと書かれているが、当時のウィルがそのようなことを知るわけがない。
面白半分で、毎日のように卵を抱えて入浴。
回数を重ねれば可能性が高くなってしまうだろうが、卵の中でディオンは頑張った。
「風呂の中で、卵を洗っていたからな……」
好奇心といっては失礼に当たるが、ウィルは“洗浄”と言っては、卵を洗っていた。
清潔なタオルを濡らし、卵の表面を丁寧に磨いていく。
お陰で、卵はいつもピカピカ。
美しい光沢を放ち、表面だけを見れば宝石と間違えてしまう。
しかし周囲は、止めなかったという。
そのようなことが関係し、ディオンは風呂好きとなってしまった。
孵化した翌日から入浴を楽しみ、成長と共に入浴時間が長くなっていった。
全ての原因は、ウィルが卵の時期に入浴をさせたこと。
あのようなことを行っていなければ、ディオンは普通の風呂好きで済んだかもしれない。
(まさか、こうなるとは)
時として、煩いと取れる行動を見せる時があった。
それは風呂に入れる当日、日が昇る前に起こしに来るのだ。
前日に徹夜を行った場合、それは結構辛いものがある。
だが嫌とは言わないのが、ウィルの優しいところ。
風呂好きの原因を作ってしまった手前、拒否権はない。
「さて、そろそろ……」
微かな明かりを頼りに、自宅の位置を探す。
すると何を思ったのか、ディオンが降下をはじめた。
突然の出来事にウィルは悲鳴を上げそうになるが、必死で堪える。
そして背中から振り落とされないようにと、ディオンの首にしがみ付く。
どうやら先に、目的の場所を発見したようだ。
いつも着地している中庭に降りるはずであったが、位置を間違えてしまう。
其処は、庭師が丹精込めて世話を行っている花壇の中心。
何を思ったのか、其処に身体ごと突っ込んでしまった。
「いて!」
咲き乱れる花々の間から頭を出すと、ウィルは髪や服に刺さった小枝や葉っぱを抜いていく。
不幸な着地と嘆いてしまうが、微かな幸運も存在した。
もう少し手前に着地をしていたら、薔薇が咲く花壇に落ちていた。
あの中に直に落ちていたら、全身にトゲが突き刺さる。
「ディオン!」
ディオンはウィルとは異なり、頭から花壇に埋もれていた。
外に出ていたのは両方の翼と尻尾で、あとは全身花壇の中。
どうやら気絶してしまったのだろう、動く様子がない。
ディオンを救い出す為に、頭を突っ込む。
すると半分目を開きながら気絶している姿が、視界に入ってきた。


