「それ、本音ですね」
「も、勿論だ」
流石に、ウィルを失いたくない――それが、アルンの本音。
それを聞いたセシリアは満足そうであったが、アルンにしてみれば堪らない。
まさに誘導尋問に等しく、これによりセシリアの前では威厳の一部が消失する。
しかし彼女は優秀な秘書なので、無頓着なアルンが勝てるわけがない。
ふと、先程より雲が濃くなってくる。
これにより本当に無事に帰って来られるのか、セシリアは心配になってしまう。
「傷薬の用意をしておいた方が、宜しいですか?」
「そこまでしなくてもいい」
「しかし、心配です」
「大丈夫だ。ウィルだって、わかっている。それに、以前のような危険性はない。無事に帰ってくる」
「そうでなければ、困ります」
互いに血の繋がりはないが、ウィルは可愛い弟なので何か事件が発生すれば真っ先に飛んでいくだろう。
セシリアのウィルに対しての愛情は、アルンとは別の意味合いが強かった。
アルンは恋愛関係と仕事のパートナーであるが、ウィルの場合は「溺愛」という言葉が似合う。
その第一の理由は、自身の妹と年齢が近いということ。
沈着冷静と見られているセシリアであったが、ウィルに掛かれば形無し。
ある意味、最強の姉といっていい存在で、それにセシリアがいればアルンは逆らうことはできない。
それは恋人という関係ではなく、一種の恐れのようなものであった。
要は、毒吐きが怖いのだ。
アルンは口が達者だと思われているが、実はセシリアの方が上。
時として、相手を凍り付かせてしまう。また殺傷能力が半端ないので、聞かされた側は堪らない。
「真剣だな」
「勿論です。可愛い弟ですから」
「幸せ者だ」
「ですから、アルン様」
「わかっている」
「本当でしょうか」
「気を付けると言っているだろう。さて、仕事の続きをしよう。先月のデータは、何処だったかな?」
意地っ張りな部分が強いが、これがアルンなりの心配の仕方といっていい。
それを理解しているセシリアは抱えていた資料をアルンの目の前に差し出すと、淡々とした口調で説明を行う。


