「小春、目、真っ赤」
「蒼も、涙目だよ」
「でもあれは、悲しすぎだな」
「だからあたし、悲しいのは見たくなかったんだよ」


あたしは、コメディ映画が見たかった。

けど、じゃんけんで負けて、
蒼が見たかった映画を、見ることになった。

その、蒼が見たかった映画というのは、
ヒロインの彼氏が交通事故で
死んでしまう、悲しい恋愛もの。


「でも、いい映画だったでしょ?」


映画の感想などを話し、二人で歩く。
人通りの少ない路地に出た。


「うん、まあね?…でも…考えちゃう」
「うん?」
「いろいろ…考えちゃうよ」


蒼は何も言わなかった。
立ち止まり、顔を覗き込むと、ただ、
あたしの目をじっと見た。

次の言葉を待つように。


「…蒼が、死んじゃったら、とか」


そう口にすると、あの映画の彼が
亡くなるシーンが、蘇る。

そうすると何だかとても悲しくなって、目頭が熱くなった。
それが蒼に分からないように、
不器用に下をみた。

見えるのは、蒼の靴と、あたしの脚。

蒼の靴が、こちらに一歩近づいて、
あたしの体はふわり、と包み込まれた。


蒼の匂いが広がると、涙が溢れた。


「…そういうこと、言うなよ」

蒼の、消えそうな声。切ない声。


「だって、蒼、が事故にあわない保証なんて、ない、んだよ…」


うまく言葉を伝えられているだろうか。


「あわないように、気をつけるから」
「蒼が、気をつけても…他の車は、気をつけないかも、しれない」
「それも…気をつけるから」
「でも…でもっ」
「小春」


あたしたちの体が、離れた。
蒼は、切ない目であたしを見て


「もう、悲しい話、やめよう?」


そう言った。


「やめよう、死ぬこととか、考えたくない」
「…うん…ごめん 」
「俺、気をつけるから」
「…うん」
「小春も、気をつけて」
「…うん」

蒼は、親指であたしの涙を拭った。


「よし、帰ろう」
「うん」


死ぬこと、について考えた。

いつ死ぬかなんて、わからないってこと。
今まで、考えもしなかった。


もし、大切な人が死んでしまったとき。

もっとあれをしたかった、
あれをやっておけばよかった、

そんな後悔が、ないように。


「…蒼、あそこのケーキ屋さんで、ケーキ買おう。」
「うん」
「それで、帰ったら、ケーキ食べながら、コーヒーを飲もう」
「そうだね」
「明日は、外食、しにいこう」
「うん、いいね」


あたしはこれからの計画を立てた。



End.



→あとがき