「はああっ・・・・」

私はというと、緊張の糸が解けて自席で思わずため息をついてしまった。

なんか全然やっていける気がしなくなってきた。
早く学校終わんないかな。・・・・まだHRだけどね

ああー。帰りたい・・・


「・・・・どうしたアンタ。便所?」

小声で聞かれて顔を上げると、右隣の席の男子生徒が私を見ていた。

明るそうだけど、ブレザーのボタンもシャツの第一ボタンも開いている。
おまけにノーネクタイの、適当そうな人だ。

「便所なら、この教室出てすぐだぞー」

隣の席の彼は、廊下を指差して言った。

「あ・・・いや、そうじゃないです」

「そう?顔色わりーから、我慢してんのかと思った。女ってわかんね―な」

そういって、頭の後ろで手を組んだ。
良く見ると口に何か咥えてる。・・・アメ?
棒付きの、チュッパチャップスかな。

ていうか、今HR中だよ!?いいの!?

ふと彼の机の上をみると、開きかけのポーチが目に入る。
中にはチュッパチャップスのコーラ味がぎっしりと入っている。

あれ、筆入れじゃないんかい!
しかも全部コーラて、常備!?

おどろいてる私のそんな視線を感じたのか、彼はポーチを隠すようにする。

「何?これは俺の非常食だからやらんよ」

「え、非常食なの!?いや、ふでばこかと思ったからびっくりして・・」

慌てて彼から視線を逸らした。
チュッパチャップスって結構甘いよね。虫歯とか大丈夫なんだろうか

とか考えていると、隣からアメを差し出された。

「え?」

隣を見ると、彼がチュッパチャップスを差し出して笑っていた。
コーラ味では無くて、なんかピンク色のやつだ。

「あげる」

「え、でもさっき非常食だって・・」

「俺ジュース系のしか食わないから、これはあげる」

そう言って私に投げてきたので、反射的に受け取った。
もらったのはショートケーキ味だった。
あー。これか。確かにチュッパチャップスのスイーツ系って甘いもんね。
私もあんまり食べたことないや。

「あ、ありがとう」

とりあえずお礼を言った。

「えーと。アンタ名前なんだっけ?」

「市松あみ」

「市松か。アンタこれのゲームやったことある?ほら、ゲーセンとかにある、100円のやつ」

彼はチュッパチャップスを指差して言った。

「あーあるよ。100円で何個か出てくるやつでしょ?」

「そうそう。あれ面白いからたまにやるんだけど、味選べないんだよね」

「ああ、それでショートケーキ」

食べないのに何で買ったのかと思ったら、そういうことか。
確かに、いくつ出てくるのかとかドキドキして面白いけど、好きじゃないのが出るとちょっとあれだよね。

「女子って甘いの好きでしょ?じゃ、それ入学祝いね」

「入学祝いなの!?あはは、マジか。ありがとう」

入学祝いって、小学生か!
しかもアメって・・・
思わず笑ってしまった。

「なんだ、アンタ笑えんじゃん」

「え?」

「コラ!八雲!喋ってないでちゃんと聞け!!」

どういうこと、と聞こうと思ったら村田先生の注意が飛んできて、会話が途切れてしまった。


「へーい」

彼は適当に返事をして、また頭の後ろで手を組んだ。

隣の席の彼、八雲君は私が緊張してるからこれをくれたんだろうか。
私は手元のショートケーキ味のアメと、八雲君を見比べる。



・・・なんだ、良い人もいるんだ。


心の中でもう一度お礼を言って、村田先生のHRをちゃんと聞き始める。

さっきよりもちょっとだけ、竜崎でやっていける気がした。