翌朝、重い気持ちで家を出た。

竜崎高校のことは結構よく知っていた。

私が通ってた岬高校の姉妹校であること。

県内でも結構いい評判の学校であること。

なんか、スポーツとかが盛んなこと。

・・・・ でもまさか、通うことになるとは。

正直、友達とかは別に平気なんだ。

私岬高校であんまり馴染めてなかったし。

あの学校の女子たちって、ホント女子って感じで正直ついていけなかった。

基本連れションだし、どこ行くにも一人じゃいかないし。

トイレ入んないなら邪魔だから来ないで欲しいんだけど。

そう思って断ると、付き合い悪いとか冷たいとか色々と言われてさー。

そういうのが本当面倒くさくって、私は結構孤立した感じだった。

とりあえずイジメとかあわないように、ノるときはノって空気読んで、目立たないようにクラスの隅でただ毎日ひたすら空気を読む生活?

だから、友達と離れるのが寂しーとか、そういうのは無くって。

それでも、突然の転校に不安も戸惑いもある。

あれ、竜崎って確か頭いいんじゃなかったっけ?

私、この前の期末すんごい悪かったけど大丈夫か?


とか考えているうちに、竜崎高校のすぐ近くまで来ていた。

私の家からだと岬高校とあんまり変わんない距離なんだなー。

ん?乗り換えが無い分竜崎の方が楽かなあ?

塀の向こうからは部活の声が聞こえる。

朝から大変だね。

今までずっと足元に向けていた視線を、竜崎の高い塀に向ける。

と、そこでやっと周りの状況に気がついた。



・・・・なんか、見られてる?



私の近くを歩く生徒たちが、皆して私をじろじろと見ながら通りすぎていく。

あのブレザーは、竜崎の制服だよね。なんだ?

不思議に思いながらも、歩いていると生徒たちの話し声が耳に入ってくる。

「おい、あれって岬高の生徒だよな?」

「何でこんなとこ歩いてんだ?」

それは私も聞きたいよ。

「女だよな、あれ」

いや、失礼だな。

制服だって普通にスカートだし、髪も伸ばしてるから男には見えんだろうが。

「じゃあ、あの噂本当だったんだな」

ん?

「ああ、竜崎初の女生徒のやつ?」

んん?今なんて言った?

「本当に共学になんのか!やった!」

んんん?共学になる?初の女生徒?

何言ってんのよ皆さん?

そういやあ、よく見るとすれ違う生徒たちは皆男子生徒ばかりだ。


・・・・あれ?


その疑惑は、校門を見たところで確信へと変わった。





『高町市立竜崎男子高等学校』





・・・・あれえ?

ちょっと待って、そういや竜崎って男子校じゃん!?

え、初の女生徒ってまさか女子は学校に私一人だけとかそういうこと!?


「あ、いたいた。ちょっとあなたー」

校門前で呆然と突っ立っていると、女性の声がかかる。

「あなた、市松あみさんね?私は教諭の・・・・ 」

「先生!私一人で男子校なんですか!?」

先生の言葉を遮って、必死に訴えた。





「突然交換入学なんてびっくりしたわよねー。しかも男子校になんて」

「本当ですよ。なんで私が・・・・」

校門で私に声をかけたのは、竜崎で家庭科の教諭、佐藤静香先生だった。

先生の話によると、教職員もほとんどが男性らしくって校内にいる女性は私と佐藤先生くらいらしい。

それで、佐藤先生が私の出迎えをしてくれたわけだ。

「それじゃあ、市松さんの教室は2年C組ね。大変だと思うけど頑張って」

「え、先生行っちゃうんですか!?」

「そりゃあ、私も授業がありますからー」

手を振って別れようとした先生を、思わず必死に引き留めてしまった。

初めて幼稚園に行く子供みたいだけど、

いや、私も本当に心細い。

「大丈夫よ。生徒は良い子たちばっかりだから。あ、もしかしたらハーレム築けちゃうかもよー?」

「いや、そういうのほんとうにいらないんで・・・」

にやにやと笑う佐藤先生はすっごく楽しそう。

・・・くそー。人ごとだと思って・・・

「じゃ、何かあったら家庭科室に来てね。相談に乗るからさ」

それだけ言うと、先生は本当に行ってしまった。


先生のうしろすがたが見えなくなると、周りの生徒の視線に気がつく。

見てる見てる超見てる・・・

仕方ない、と、腹をくくって先生からもらった校内案内図を見る。

えーと。2年C組の教室は・・・2階か。

近くの階段を探して、2階に上がる。

その間もすれ違う生徒たちの視線はみんなこちらに向いていて、

・・・・ていうかなんか私の周りだけ人多くない?

そんなに女が珍しいか!?

いや、珍しいか。男子校だもんね。

まあ、こんだけ周りに集まってると、周りの男子達の会話も勝手に聞こえてくるわけで。

「おい、女子が歩いてんぞー」

レッサーパンダか

「マジで?うわwwマジだ」

ほんとにほんとに女子だよっ!

「2階にいるってことは、2年?マジで!?」

ていうか、C組の教室遠いな

「あれ?あんま可愛くねーな」

うっさいわ!

お前らさっさと教室戻れよ

廊下を歩く間そんなかんじで、2年C組の教室に着くころには本当に疲れ切っていた。

私こんなんでやっていけるのかな・・


竜崎の教室は廊下側の壁もガラスになっていて、廊下からも中の様子が見える。

Cクラスの教室にも居るのはやっぱり男子ばっかり。

教室の中の何人かが、野次馬たちと中に入れずにいる私に気がついたようで教室内も大さわぎになった。

ああ・・・・逃げたい。激しく逃げたい。

「おい!お前らここで何してる!!HR始まってんぞ!!さっさと教室戻れ!!!」

突然廊下に馬鹿でかい声が響き、本気で心臓が飛び出そうになる。

「っべ。村田じゃん!!」

「逃げろ!」

口々にそういうと、野次馬たちは駆け足で教室に戻っていき、廊下には私一人がぽつんと残った。

「ああ、市松だな。そんなとこで何してんだ」

「・・・・すみません。なんか、入りづらくて」

教室の前で硬直していると、今超大声で生徒を追い払ってた人が話しかけてきた。

この人が2年C組担任の村田和正先生らしい。

ここに来る前に佐藤先生から聞いてはいたが、近くに来ると予想以上に巨漢で、なんていうか、クマみたいだ。

あと、声もでかい。

「ははは。そんなに緊張しなくても大丈夫だぞ」

先生は強面の顔に似合わず爽やかに笑うと、私に変わって教室のドアを開ける。

「オイ!!五月蝿いぞ!さっさと座らんか!!」

また超でかい声で先生が一喝すると、C組の生徒たちはパラパラと席につく。

・・・・ていうか先生、あなたの方がうるさいよ。
窓とかビリビリしたからね。

「なあ、村ちゃん。女子が来たってマジ?」

「俺らのクラスなの!?マジで!?」

席につくなり皆身を乗り出して質問しだす。

「うるせー。お前らが騒ぐから教室に入りにくくなっちまってるだろうが」

そうそう村田先生解ってるじゃん。
でも、先生の方がうるさいよ。

「よーし。市松、入ってこい」

「うあっ!?はい!」

突然声をかけられて、つい変な声で返事をしてしまった。

恐る恐る、廊下から教室に足を踏み入れる。
ああヤバいよ。目立ってるよ私。

「よっしゃあああああ!女キターー!」

誰かの声を合図に、教室がまた騒然となった。
私が教室に入っただけで予想以上の喜びようだ。
机の上に立ち上がって雄叫びをあげてる人もいるし。
ライオンキングかよ。

あれ、あの人泣いてる
そんなにか!?

「五月蝿い!ちょっとは落ち着けんのか!」

村田先生が叫ぶと、うん。これはもう叫び声だよ。
生徒たちは大人しく席に座り直す。

「・・・・よし、じゃあ自己紹介頼むぞ」

「・・・・はあ。え!?」

ここで振るの!?先生鬼か
めっちゃ話しづらいんだけど

「・・・・えーと。岬高校から交換入学で来ました。市松あみです。よろしく・・・・」

私が話す間、クラスの人は皆キラキラした目で見てくるから最終的には床に自己紹介する感じになってしまった。
しかも尻すぼみだし。

うわー。我ながら印象悪いなー。
だけど私のメンタルではこれが限界だ。

「よーし。市松の席は後ろだ」

「あ、はい・・・」

村田先生に言われ、急ぎ気味で自席に向かう。

その間も生徒たちは私を目で追う感じだった。
もうほんとに帰りたい。

「ほらお前ら前向け!HR始めるぞ」

村田先生の一喝で生徒たちは前を向き、普通のHRがはじまった。