「いつもの浮気っぽいお気持ちだと姫君はつらいお気持ちになられます」
「それはないよ。こんなに恋い焦がれているというのに。頼むよ薫の君」

「ところがあちらの姫のほうでは全く本気になさっておられませんので
これは相当骨の折れることでございますですよ」
「まあそう言わずに。後生だから」

手を合わせて薫に頼み込む匂宮の姿を天空から源氏と柏木が見ています。
「何という情けない匂宮。わしの孫ともあろうものが」
「いやいや。宮様ともなると自由がききませんあなたの時のようには
いきませんからね。おんなたらしですね、うまいこと言って」

「薫も薫じゃ、得意げに恩を売ろうとしている。あさましい心根じゃ」
「根が優しいから万事誰も傷つけないようにそうしているのですよ」
「そうかな?」

欄干の二人はひそひそ話でかなり細かく打ち合わせをしておられます。
夏の終わりのある日薫の君はひそかに匂宮を宇治へご案内しました。
もし中宮のお耳にでも入ったらもう二度と宇治へは来られなくなります。

まずは薫の君が大君を引き留めます。
その隙に匂宮は薫の君が教えた通りいつもの戸口に近づいて扇を鳴らします。

すると戸口がすっと開いて手慣れた老婆が中の君のもとへ宮を案内します。
匂宮は思わずにやりと微笑みます。別の部屋で薫の君は大君と話しています。

「実は匂宮様が後を追ってこられて御断りもできず。こっそり中の君の
ところに忍び込まれたようです。老婆が抱き込まれて味方したのでしょう」

それを聞かれて大君は口惜しさにおよよと泣き崩れます。

「こうなってはどうしようもありません。私をつねるなりひねるなり
どうともなさってください。いまはもう私たちの仲は清いものだとは
だれも思っておりませんよ。どうかいいかげんにしてください!」

薫の君はいまにも襖を引き破りそうな剣幕です。
大君はじっと耐えて心を落ち着け、

「もうこれ以上私たち姉妹を困らせないでください!お手をお離しに
なってください。私はもう悔しさで胸がいっぱいでございます。どうか
お手を・・。どうしてもあなた様をお受入れすることはできません」

薫の君はついにお手を離され、
「・・・わたしはもう、この世に生きていく気持ちもなくなりました」
そうつぶやかれて打ちひしがれたまま、白々と夜も明けてまいりました。

その年の暮れ、とうとう大君は病の床に就かれ薫の君に看取られながら
静かにお亡くなりになられました。