野分が吹くころになりました。このころになると夕霧様は
初めて見た紫の上を思い出しになります。なぜ源氏が息子
に紫の上を見せなかったのかその美しさのゆえに?。

その紫の上が亡くなられたのもこのような野分の頃でした。
その時源氏は茫然自失、駆けつけた夕霧様が覗き込んでも
もう止めようとはなさりませんでした。

夕霧様はその美しさに胸がいっぱいになられました。
今でもその美しさは昨日のことのように思い出されます。

諸行無常 是消滅法 消滅滅己 寂滅為楽。これは釈迦が雪山
で修業してた時です。鬼が現れ前の半偈を説きます。後の半偈
を聞きたくて鬼に頼みます。鬼はお前の肉をくれれば教えてやる
と言います。よしわかったと身を投げ出した瞬間鬼は帝釈に変じ
て童子を救うという涅槃経に出てくる物語です。

夕霧様は近頃特にこの時期になると無性に法華経を学び
たいと思われます。出家した父君に仏法の神髄法華経の講義
を受けに雲隠庵にまたお越しになりました。

枯れた薄野に取入れの済んだ田畑は寒々しく日差しももう人生の
むなしさを感じさせます。栗毛色の駿馬にまたがりゆっくりと
夕霧の大将がお見えになりました。年老いた惟光に偉丈夫な息子
夫婦が寄り添い狩衣姿の夕霧様を迎え入れます。

床に伏している源氏。お市に背中を支えられて起き上がります。
大きく咳き込む源氏。お市が優しく背中をさすっています。
源氏は大きく息を吸い込むと居ずまいを正して床敷きに座ります。

「親父殿又参りました。具合が悪いとお聞きしておりましたが」
「何の何のちょっとした冷え込みで風邪を引いたようじゃ」
「どうか無理をなさらないように」
「はは、大丈夫じゃ。法華経を紐解くと元気が出る。これぞ
佛の御力じゃ。はははは」

老いたる源氏は夕霧様のお顔を見るだけでもお元気が出るようです。
ましてや仏道をお求めになる心意気に親としてこれほどの喜びは
ないようです。お顔にも艶が増しておいでのようです。