「申し訳ない。死なせた原因はこのわしじゃから、夕顔のことを思うと
今でもすまぬ、この通りじゃ」
老いたる源氏は玉鬘に頭を下げて泣きじゃくっています。

「なぜ母は私を残して死んでしまったんですか?」
「ううう」
「泣いてもだめですよ。詳しく話してください」

玉鬘は老いたる源氏が泣くのを横目に瓜をほおばっています。
お市と惟光が心配げに覗き見しています。
源氏は泣き止んで腹を決めて話し出しました。

「すまん。・・・こんな東屋に住んでいながらこのような素晴らしい
機知に富んだ扇を手渡すとはこれぞ中品の極み、そう思ったわしは
ひたすら通い詰めた。ところがこの東屋は隣の声が筒抜けじゃった。

夫婦げんかの声やら、子供の泣き声。女房のぐち話。趣なんどあった
もんじゃない。そこで」
「そこで?」
「こちらも身を明かさなかったが夕顔も身を明かさなかった。名も知ら
ぬにしっとりと身を任せてくる。じつに優美なお方じゃった、そこで?」
「・・・・・」

「盆の明け方、近くの物の怪のいそうな荒れ果てた屋敷に二人こっそり
忍び込んだ。誰にも邪魔されず二人は愛をむさぼった、一日中」
「一日中?」
「ああ、一日中」

「その真夜中、急にはげしい幼子の泣き叫ぶ声に二人は飛び起きた。わしは
夕顔を褥(しとね)に残し慌ただしくあちこち見て回った。そして」
「・・・・・」
「うう、戻ると夕顔は死んでいた」
老いたる源氏がまたも泣きじゃくります。

玉鬘は流れる涙をぬぐおうともせずにそっと源氏ににじり寄り肩に打掛を
かけてやります。やさしく背中をさすりながら、
「母君をとても愛しておられたのですね」
源氏は泣きながら何度もうなづいています。