ぐいと盃を飲み干すと真顔で夕霧が老いたる源氏に詰め寄ります。
「柏木はなぜ死んだのでしょうか?父上は何かを知っておられます」
「いや、わしは何も知らん。わしにもなにがなんだかよくわからん」

急に場の雰囲気に緊張が走ります。みな聞き耳を立てて
しばし緊張した沈黙が流れます。

「柏木は骨の病で死んだのじゃ、それは皆の知るところじゃろう?」
「その骨の病をさらに重くした何か原因があるはずです」
「お前はわしに何を言わそうとしているのかな?」
「いやただ真実を知りたいだけなのです」
「真実とはどのようなことを?」

「それはわかりません。わたしはただ六条院での蹴鞠の宴の時に
たまたま女御の御簾が上がって女三ノ宮のお姿が垣間見えることが
ありました。柏木も私も姫の美しさにはっと驚きましたが、

わたしは速やかに御簾を閉めよと女御たちのもとに駆け寄りました
が、柏木はぼーっと宮に見とれて突っ立たままでした」

「それは初耳、で?」
「思い返せば父上に病の兄様朱雀院の上皇から正妻に頼むとの
たっての願いということでわずか十三歳の姫君を、とのうわさ
でしたから若き姫君を憐れむものも多く」
「そうだったのか、知らなんだなあ」

夕霧はうそぶいている老いたる源氏をこの時ばかりは軽蔑の
まなざしで睨みつけます。
「柏木がため息ばかりをついていたのをよく覚えています」

「いくら上皇の頼みとあっても若き内親王を老いぼれの後見に
正妻とはというわけか。世代間の戦いじゃなあ。それで?」

「みんなは柏木を応援したいと思いました。小侍従に聞けばわか
ります。紫上が病に伏した時、これももとはといえばこの縁談が
原因ですよ、女三ノ宮は六条院でずっとおひとりでした」

「もしやその時?」
「その通りです」
老いたる源氏は初耳だとは言いながら驚きもしません。
むしろ笑みさえ浮かべているように見えます。