「葵上とは幼馴染じゃった。いとこの内大臣の妹御で藤壺より少し下。
柏木の叔母にあたるがの。わしが十二、元服し臣下として源氏の姓を
賜った日に夫婦になった。がしかし、もうその頃はわしの心は藤壺で
一杯じゃった。そういえばお前と妻の雲居の雁も幼馴染?」

「乳母子でございました」
「ほう、祖母(ばあや)に預けっぱなしでその頃のことは、わしも何
かと忙しくて、空蝉、夕顔、六条御息所、五か所ほど掛け持ちでほん
とにすまん、ほとんど覚えておらんのじゃ。誠に申し訳ない」

老いたる源氏が深々と息子夕霧に頭を下げます。
「いやいや父上親父殿。私は感謝しておりますよ」
源氏はやっと頭を上げまじまじと見えぬ眼で夕霧を見つめます。

「感謝?」
「ええ、とてもありがたく思っております。六位の官位と学問の厳命
を受けた時には正直言って唖然といたしました。その後試験に次ぐ
試験。他のものは遊びほうけていても官位は上がっていくのに」

「つらかったか?」
「ええ辛うございました」
父子は初めて心が通じる思いがしました。
目が潤のをこらえて夕霧は話し続けます。

「しかし今はその学問が身に染みて私の肥やしになっております」
「ありがたいことを言うのう。できた息子じゃ、最後の試験もよう
受かったなあ、あの難関を。して今は?」
「近衛の大将でござります」
「そうかそうか、よくでかした」

父子は嬉しそうに大声で笑います。お市も嬉しそうにお酒を運びます。
惟光も空を仰いで笑っています。惟光は夕霧の舅でもあるのです。

夕霧は笑いながら、
「またはぐらかそうとしてもそうはいきませんよ」
「いやいや、そうは言うても雲居の雁と落ち葉の君と惟光の娘とも?」
「ええ、いろいろありましたが今はみな公平に通っております」
ここでみんなの笑い声が大きく嵯峨野に響き渡ります。