「まあ実際アンタ、ブスではないし。黙って顎引いて目ちょっと開いて上目遣いしてれば純和風な感じでいいんじゃない」
「いやそれだいぶキメなきゃダメじゃ「東雲ー」
ガラッ、と教室の前扉が開いたと思えば、突然呼ばれたのは私の苗字だった。
入ってきたのは担任で、ちょいちょい、と手招きをされている。
慌てて席を立ち傍へと駆け寄れば、鍵をひとつ手渡された。
「なんですか?」
「屋上の鍵。次の時間の実験で使う道具一式が干してあんだ。悪いけどちょっと取ってきといて」
「あ、はい。わかりました」
そう言えば私実験係だったような気がしなくもない。
二ヶ月前、入学してすぐの時に決めたっきり仕事がなかったから消滅したもんだと思ってたけど。
「小百合ちゃん、ちょっと行ってくるね」
「あいよー」
何しに行くの、どこ行くの、そういうところをいちいち聞いてこない彼女の男前度、本当に計り知れないな。
▲▼
「屋上の階段……」
タンタン、タン。
私の足音だけが響く階段は、屋上へと続く唯一の階段で。今にも青春が始まりそうな雰囲気に、少しだけワクワクする。
私が屋上という王道青春プレイスに出向くだなんて……でも改めて思ったけどやっぱ屋上って鍵ついてるんだね……漫画の中だと出入りし放題なのにさ……
取りに行くものも実験道具というなんの色気もない物だけど、さっさと済ませてしまおう。
そう思い、最後の一段を登りきった時だった。
「……え……
……えぇー……」
思わず声が漏れたのは言うまでもない。
なぜならばそこに、人が寝ていたからである。
屋上へと続く扉の真ん前にこちらに背を向け寝転んだ、男性と思われる身体。色素の薄い黒髪が、呼吸をするたびに小刻みに揺れている。
自分の腕を枕にし、こちらに顔を向けてすやすやと寝ている。っていうかなんでこんな踊り場で寝ているんだろうか。冷たくないんだろうか。っていうか寝るなら普通屋上とかそういう……なんか……もっとあったんじゃないだろうか…………
さっきまで少女漫画の話で盛り上がっていたからだろう、そんな思考回路が頭をめぐる。
だけどとにかく今は、仕事を片付けたい。
だけどこの人が退かない限り、私はこの扉を開けることができない。
……さすれば使う手などただ一つ。
「……あのー……スミマセン……一瞬起きてもらえませんか……」
上から物を言うのは少し躊躇いを感じて、その場にしゃがみこんで声をかけてみる。
反応はない。
「……っ、ちょっと失礼」
細そうに見えて少しがっちりとした二の腕を、ゆさゆさと揺らす。
体全体が小さく揺れて、「ん……」という声も聞こえた。
ぐるん、と体が反転し、思った以上に端正なお顔立ちがこちらを向いたことに、思わず心臓が小さくはねる。久しぶりにイケメンをこんな間近で見たんだ。女子だったら当たり前だろう。
「……っ、…………何ですか」
仰向けになった彼は、私に向かってそう言った。
そう、ものすごい不機嫌な顔で。
「いやあの、ちょっと……お、屋上に行きたくてですね……」
「……ああ、これですか。…………よいしょ、っと」
彼は体を起こすと、思ったよりすんなり道を開けてくれた。
なんだ、なんかちょっと怖い感じの人かと思ったら、案外そうでもないらしい。
「すいません、ありがとうございます」
そう言って私はそそくさと開錠して屋上へと出ると、風の気持ちよさやら空気のおいしさやらを楽しむ余裕もなく、さっさと干されている実験道具を手にとって再び中へと戻った。
施錠してぺこっと頭を下げ、なんの当たり障りもなくその場をあとにしていく。
イケメンは私に笑顔一つ向けるでもなく、不思議そうに私を見つめたままだった。