転移した先は海先家の庭。

テラスから中に入れるところ。

このまま魔法の練習(という名のストレス解消)をしたいけど、母と父に帰ったことを伝えなきゃいけない。

流石に食事でしか顔を合わせないってわけにはいかないから。

テラスから屋敷の中に入るわけだけど、毎回不思議に思うのよね。

どうして転移で帰ってくるわたしの出迎えをこんなにスマートにできるのかしら?

っていう疑問の答えは分かってるの。

毎日このくらいの時間帯にわたしが帰ってくるかを確かめるためのメイドさん、もしくは執事さんがいるのよね。

不思議に思ってるのはこっちの方で、何でわざわざそこまでするの? ってこと。

使用人たるもの転移で帰ってくる主をいつでも出迎える準備ができていなくてはならない、なんて常識は勿論ないわけだし。

寧ろ転移で入ってくるなんてどちらかと言えば非常識な行為なのに。

「お帰りなさいませ、朱里お嬢様」

「ただいま」

わたしの場合預ける荷物もないし、寒がりな方だから室内でも上着はあまり脱がないし、出迎えでするのは本当に挨拶だけ。

それでも四人くらい集まってて頭を下げてるんだよね。

「お出迎えありがとうね。わたしは部屋に戻るからあなたたちも仕事に戻って。」

「はい、ありがとうございます」

今は慣れたんだけど学園に通い始めたばっかりの頃はなんだか申し訳なくなって、何か言おうと思ったんだ。

それが今でも続いてる。

部屋に戻るっていうのは嘘ジャケットないけどね。

ずっと制服着てたらしわになるから。

魔法で直しちゃえば簡単だけど、制服より私服のが楽っていうのもあるしね。


適当な服に着替えて制服をハンガーに掛けたら、遂に母と父のところに行く。

その間にわたしの制服はクリーニングされたものと交換される。

つまり毎日クリーニングしたてのピシッとした制服を着れるんだよ。


───コン、コン、コン

「お母様、お父様、朱里です」

母と父がいるだろう部屋に着き、ノックをする。

それから三歩ほど後ろに下がる。

何故って、母が扉を勢いよく開いて登場するから。

「まあ朱里ちゃん! お帰りなさい! 待ってたわ」

ここから更に五歩は下がりたくなるところだけど、そうしても鬼ごっこになるだけだから意味はない。

次は母からの抱擁が待ち受けているんだよ。

ちなみにそれで終わりじゃないからね。

母のが終わったら父のもあるから。

普通に恥ずかしい。

嫌なわけじゃないけど、もう中学生だよって言いたい。

これはもう無心になって乗りきるしか手立てはない。

「学園は不便ばかりで辛かったろう?」

「まあお父様、そんなことはありませんわ。
とても楽しく過ごしております。今日も友人とクレープを食べたりして」

「ならばいいが、嫌になればいつでも言うんだよ?」

「そうよ? 朱里ちゃんはちっとも我が儘を言ってくれないんだからママ、寂しいわ」

この親は『辛い』と言うと甘やかすんじゃなくて、『楽しい』と言っているのに『辛いでしょ?』と甘やかしにかかるところが過保護の格が違う。

ここで甘やかされるのを受け入れると、ありし頃の我が儘し放題朱里お嬢様になってしまう。

それもあっという間だ。

この母と父の甘やかしたいという思いは際限がないから。

「わたし、今日は思いっきり魔法を使いたいの。
だからそのための時間をたくさんくれる?」

お願い、的な顔で言えば『さっさと解放して』というようなことを言われていることにも気づかないまま二人は即座にその お・ね・が・い を叶えようとする。

「勿論だよ朱里」

「魔法頑張ってね、朱里ちゃん!」

チョロすぎて心配になる。

この母と父、そのうち騙されるんじゃないだろうか。


わたしのお願いを叶えて満足そうな母と父に送り出された。




やっっっと魔法を使える!

思ってたよりあのモヤモヤは、ストレスになってるみたい。