『悠ちゃんが好きだ』
「…え?」
突然聞こえた予想外の言葉に一瞬驚いた、ものの、すぐにまたいつもの調子を取り戻そうと顔を上げたのだが、両眼が捉えた見慣れたはずの彼は見たことがない程真っ直ぐな眼をしていて。いつものおちゃらけた色など微塵も見せない雰囲気に、呑まれそうになる。
「何を言ってるのか…分からないよ」
今の自分の精一杯で明るい声と表情を作ったつもりだった。彼にもいつもみたいに笑って欲しかった。
だけど、そんな逃げは許されなくて。
「悠ちゃんは、俺のことどう思ってる?」
声のトーンも、真っ直ぐにわたしを見る瞳も、ちっとも、揺らがない。身動ぎをすることさえ出来ないような、張り詰めた空気だった。
ねえ、なんで今更そんな眼で
そんなことを言うの、君は。
「尊くんは、さ」
『うん』
やっとのことで出した声は、情けないほどに震えていて。誤魔化すために作ってみた笑顔の出来はきっと散々なものだった。
「わたしが病気だって、知ってる?」
『知ってる』
「どんな病気かも?」
『知ってる』
伏せた目の端で見えた肯定の意に、握り締めた手までもが、震える。
「もう今じゃ尊くんのことすら忘れかけてることも?」
『…知ってるよ』
優しい声。そこに、険しさはなかったから。
きつく閉じていた瞼が緩んで、涙が零れた。
わたしの病気は、少しずつ記憶が無くなっていくもので。いつか必ず、君のことを思い出せなくなる日が来るのだ。
少しずつ少しずつ、分かっていたことが分からなくなる。
君の好きな色、君の苦手な食べ物、君の名前も分からなくなる。思い出せないことすら分からなくなる。
そんなわたしに向かって好きだと言ったって、しょうがないでしょう。好きだと伝えたその事実さえも、わたしの記憶の中で綺麗に消されてしまうんだ。
だからさ、ねえ、
「もう、やめてよ…駄目なんだよ」
『悠ちゃん』
いつもみたいに『全部冗談だよ』って笑ってよ
『…悠ちゃん』
もう一度、確かめるようにわたしの名前を呼んだ彼は、変わらず真っ直ぐに此方を見て口を開いた。
『例えば、何度悠ちゃんが俺のことを忘れたってさ』
「…うん」
『俺はまた自己紹介から始めるだけだよ』
「…うん」
『思い出してもらうんじゃなくて、いちから始めるの』
「…うん」
『そうすれば、何度だって俺のこと覚えてくれるでしょ?』
「…うん、」
『しかも、その度俺がパワーアップすれば、どんどんかっこいくなる尊くんと出会えて一石二鳥…ほら、俺ナイスアイディアっ』
そう言った彼は、いつもの少しおちゃらけた笑顔で。
もう我慢なんて出来なかった。
「うっ…わああぁっ…」
押し殺していた嗚咽が漏れる。
忘れたくないよ、怖いよ、嫌だよ。
その得意げな笑顔も、慰めてくれるときに見せる優しい表情も頭を撫でるあたたかさも、わたしの名前を呼ぶその声も、心底楽しそうな笑い声も、今まで話したであろう沢山のことも、今この瞬間一緒に居ることも、全部全部、ひとつ残らず、
忘れたくなんかなかった。
忘れたくなんてないのに。
「…すきなのに…っ!」
嗚咽混じりに吐き出した言葉はずっと前から言いたくて仕方なかったもので、でも、言いたくても言ってはいけなかったもので。
ふわりと尊くんの香りが鼻を掠めて、あたたかな体温に触れる直前。掠れた声で一つ、「ありがとう」と呟いてくしゃりと笑った尊くんの頬を涙が伝ったのが見えた。
「…え?」
突然聞こえた予想外の言葉に一瞬驚いた、ものの、すぐにまたいつもの調子を取り戻そうと顔を上げたのだが、両眼が捉えた見慣れたはずの彼は見たことがない程真っ直ぐな眼をしていて。いつものおちゃらけた色など微塵も見せない雰囲気に、呑まれそうになる。
「何を言ってるのか…分からないよ」
今の自分の精一杯で明るい声と表情を作ったつもりだった。彼にもいつもみたいに笑って欲しかった。
だけど、そんな逃げは許されなくて。
「悠ちゃんは、俺のことどう思ってる?」
声のトーンも、真っ直ぐにわたしを見る瞳も、ちっとも、揺らがない。身動ぎをすることさえ出来ないような、張り詰めた空気だった。
ねえ、なんで今更そんな眼で
そんなことを言うの、君は。
「尊くんは、さ」
『うん』
やっとのことで出した声は、情けないほどに震えていて。誤魔化すために作ってみた笑顔の出来はきっと散々なものだった。
「わたしが病気だって、知ってる?」
『知ってる』
「どんな病気かも?」
『知ってる』
伏せた目の端で見えた肯定の意に、握り締めた手までもが、震える。
「もう今じゃ尊くんのことすら忘れかけてることも?」
『…知ってるよ』
優しい声。そこに、険しさはなかったから。
きつく閉じていた瞼が緩んで、涙が零れた。
わたしの病気は、少しずつ記憶が無くなっていくもので。いつか必ず、君のことを思い出せなくなる日が来るのだ。
少しずつ少しずつ、分かっていたことが分からなくなる。
君の好きな色、君の苦手な食べ物、君の名前も分からなくなる。思い出せないことすら分からなくなる。
そんなわたしに向かって好きだと言ったって、しょうがないでしょう。好きだと伝えたその事実さえも、わたしの記憶の中で綺麗に消されてしまうんだ。
だからさ、ねえ、
「もう、やめてよ…駄目なんだよ」
『悠ちゃん』
いつもみたいに『全部冗談だよ』って笑ってよ
『…悠ちゃん』
もう一度、確かめるようにわたしの名前を呼んだ彼は、変わらず真っ直ぐに此方を見て口を開いた。
『例えば、何度悠ちゃんが俺のことを忘れたってさ』
「…うん」
『俺はまた自己紹介から始めるだけだよ』
「…うん」
『思い出してもらうんじゃなくて、いちから始めるの』
「…うん」
『そうすれば、何度だって俺のこと覚えてくれるでしょ?』
「…うん、」
『しかも、その度俺がパワーアップすれば、どんどんかっこいくなる尊くんと出会えて一石二鳥…ほら、俺ナイスアイディアっ』
そう言った彼は、いつもの少しおちゃらけた笑顔で。
もう我慢なんて出来なかった。
「うっ…わああぁっ…」
押し殺していた嗚咽が漏れる。
忘れたくないよ、怖いよ、嫌だよ。
その得意げな笑顔も、慰めてくれるときに見せる優しい表情も頭を撫でるあたたかさも、わたしの名前を呼ぶその声も、心底楽しそうな笑い声も、今まで話したであろう沢山のことも、今この瞬間一緒に居ることも、全部全部、ひとつ残らず、
忘れたくなんかなかった。
忘れたくなんてないのに。
「…すきなのに…っ!」
嗚咽混じりに吐き出した言葉はずっと前から言いたくて仕方なかったもので、でも、言いたくても言ってはいけなかったもので。
ふわりと尊くんの香りが鼻を掠めて、あたたかな体温に触れる直前。掠れた声で一つ、「ありがとう」と呟いてくしゃりと笑った尊くんの頬を涙が伝ったのが見えた。