時の姫と月


『珍しいね』

僕がいつもの暗い部屋に戻ると、月が話しかけてきた。

「なにが?」

今、忙しいのに…。

『あなたが人間に情けをかけるなんて』

「気分的に…ね。」

そう呟き、手元のものを見る。
2つの赤黒い色の丸いものを。

「女性は結局…交換した。自分の目玉と男の人の命」

『人間に同情した?』

「まさかっ!!…有り得ない」

誰が人間なんかに同情するか!!すぐに人を裏切る…大っ嫌いだ。目玉を腐らない“時空魔法”をかけた瓶に入れる。目玉は瓶の底からこっちを見つめてくるようだ。

『あなたは一回裏切られてるものね。でもこの世界を見ていて思うの。なんて素晴らしい世界なのかしらって』

「ついに頭がおかしくなったの?」

月は悲しそうにため息をついた。

今月は8回交換した。ほとんどの人間は“交換なら、やだ”と言った。全く…本当にこれだから人間は。
ま、みんな僕の記憶は消しちゃうから別にいいんだけどね。僕は魔法の覚えてる数が少ないから、暴力になっちゃうんだ。えへっ。強制的に記憶を消す。

『もう向こうへ行くの?』

なんだいきなり。

「行くよ」

『そう…』

「さっきっから気持ち悪いよ。なにかあるなら言ってよ」

月を見る。今日は一層美しく、儚い…。なんだか月が少し寂しく見えた。

『私は一人…。いつもいつも』

人に例えるのもおかしいと思うけど。

『あなたが思い出さないから…』

思い出さない?いったいなんのことを言っているんだろ。まぁ別にいいか。

「じゃ行くね」

『でもあなたは“あちらの世界”ではっ!!…そうだね。ごめん、今のは忘れて』

夜の静けさが戻った。だけど心地よいものではない。胸がチクチクするもどかしさを感じた。

「僕は…君と同じじゃないよ。……………バイバイ。」

僕は月を残して、黒い扉の奥へ進んだ。




一人残された月は呟く。

『あなたは私と同じだよ。例え記憶がなくってもずっと一緒』

その言葉が届くことはない。
彼が思い出すことなどもうないのに。ずっとそうだったじゃない。
いつも私一人だけ。