「借りはいつか返す。」
『そんなものはいいから。怪我をこれ以上増やさないことを考えなさい。』
「・・・あぁ。」
玄関のドアが閉まり、男の人の気配が部屋の前から遠ざかっていく。
そこで、身体から力が抜けて、玄関に座り込んでしまった。
カタカタとさっきまではなかった震えが身体中に広がるのがわかる。
『ちょっと、怖かったわ・・・。』
嫌、ホント、どこの漫画よ。
道端でけが人が倒れていて、そのけが人は結構の重傷で
眼力も凄かったし、手を振り払われた時も、凄い力だったし
ちょっとどころか、本気で怖かったかもしれない。
『今日は何て日なんだろう。』
まぁ。
本気で怖かったし、ほとんど去勢をはっていたけど・・・。
それよりも、あの男の人の方が心配ではある。
綾子が誰なのかはわからないが、よっぽど大切な人なんだろう。
その人のために、ボロボロの身体に鞭を打ってまでなんとかしようとしている。
ちょっと、ああいう人って格好いいと思う。
『うちの生徒たちも、ああいう、何かのために一生懸命になれるような子に育って欲しいな。』
大怪我とかはしてほしくないけれど。
『さて、あと少し指導案を書いてから寝よう。』
時計を見れば、10時だった。
明日は5時半に起きなければならないから、11時までに寝よう。
そう頭の中で考えながら、私はリビングに戻ることにした。
昨日の男の人がどうなったのか、とても気になるが、
名前も聞いていないし、連絡先を知っているわけでもないので、あれ以降の消息は分からない。
ただ、無事であればいいな、と頭の隅で考えていると、今日も一日が終わった。
野「大谷先生、明日から3日間お休みですね。」
『そうですね。月曜も祝日でお休みですしね。』
野原先生にそう答え、今日も生徒の提出物を採点する。
手を作業的に素早く動かながら、頭の中で生徒の弱点などを把握してメモを書く。
いつも通りの光景ではあるが、学校の先生というものはこういうものだ。
「あら、もうこんな時間ですか。」
野原先生のその言葉に、チラリと外を見る。
外は昨日と同じ様に真っ暗だった。
明日は休みだから、少しぐらい遅く残ってもいいのだが、この採点が終わってしまうと、他の作業は家ででも出来る。
学校でしなければならない採点も、あと10分ほどで終わる。
『(採点が終われば帰るか。)』
あまり夜遅くに外を出歩いても、いいことはないだろうし。
再び採点プリントに目を向けると、ガタ、と隣の席から音がした。
野「大谷先生、私そろそろ帰りますね。」
『はい、お疲れ様です。』
可愛らしい服を着た野原先生は、可愛らしい笑顔を浮かべて研究室から出ていった。
やっぱりかわいいよね、女の子って感じだし。
私もああいう女子力というものをつけたほうがいいのだろうか。
そうこうしているうちに採点も終わり、帰り支度をした。
今日の夕食は何にしよう。
あの男の人のことをいくら考えても、何も解決しない。
少し心配ではあるが、昨日会って何も情報を知らない相手なのだから、私が何かできるわけでもないし。
そうと決まれば、昨日の夕食に食べられなかったシチューを作ろう。
サラダにアボガドも入れたい。
スーパーに買いに行かなければ。
それで、君は今日もここで倒れているんだね。
『・・・たく、一体何があれば昨日と同じところで倒れるかな。』
早足で傍に寄り、昨日よりも傷が増えた彼に、少し溜息を吐きたくなったが今は我慢だ。
早く家に運んで手当をしなければならない。
『大丈夫?』
声をかけても返事をしない。
完璧に意識が吹っ飛んでいる。
これは昨日よりも重傷かもしれない。
昨日のように肩を貸し、男の人を少し引きずる形ではあるが、家まで運ぶことにした。
まったく
気絶をしている人を運ぶのは重いし歩き辛いでとても苦労する…
