用事がある時は、ベルを鳴らす。
お化粧室(お花畑、と言うべきかしら?)に行きたいときも、ベルを鳴らして使用人を呼ぶ。

それが、サロンでのしきたり。

毎日沢山のお嬢様やお坊っちゃまが利用しているサロンでは給仕にあたるフットマンは目まぐるしく働いているので、忙しい時間帯にはお茶のお代わりを所望するのにさえベルを鳴らす必要があることがある。

しかし、望月さんがいるとフロアの様子が全然違う。彼が居るときに、私はベルを鳴らしたことがない。

カップが空になりそうな、絶妙なタイミングでやってきて。美しい所作で流れるようにお茶を注ぐ。丁度お腹が空いたなぁと思うと、スコーンが焼き上がったと教えてくれたり。

ほかのお嬢様に対しても、そう。
とどこりなく、ティータイムはすぎて行く。
居心地の良い空間。それを作り出しているのは使用人たちの気配りなのかもしれない。

よく気がつきますね、と1度望月さんに聞いたことがある。

彼は言った。
『本当のベルの音はお嬢様の仕草、目線。なにかご用があるのだというささやかなメッセージを読み取れないで当家の使用人と名乗れません』

本当に、この人にはかなわない。

ひとにお世話されることがこんなに居心地の良いことだなんて。ただティータイムを過ごすだけで誰もがお嬢様になれる。

使用人らのかける魔法。
私はこのお嬢様ごっこが嫌いじゃなかった。