17歳の春、大伯父様からお屋敷で行われるティーパーティーへの招待状と共に航空券が送られてきた。

久し振りにお屋敷へ帰ることができると胸踊らせた私だが、しかしすぐに現実を知ることとなる。

お茶をこよなく愛する大伯父様は、ついに屋敷の敷地内の別館を改築しティーサロンを作ったのだと言う。今回はそのサロンの御披露目ということもあり、とても華やかなパーティーが催された。美しく着飾った本物のお嬢様らの姿に気圧され、私はすっかり萎縮してしまった。

肝心の大伯父様はと言うと来客に囲まれとても話しかける雰囲気ではないし、幼い頃にお世話になった使用人らも目の回る勢いで他のお嬢様らの給仕に勤しみ、まるで私のことに気付いてさえいない。無理もない。お屋敷へやってくるのは実に7年ぶりなのだから。

(なんだか…つまらないな…)

手持ち無沙汰になり目の前のリチャードジノリのティーカップを取ろうと椅子に座り直したら…ハラリと、膝掛けが落ちた。

それは深い青地に銀糸で蝶々の刺繍のしてある、美しいものだった。

なんだか床に落としてしまったことが申し訳なく思えて慌てて身を屈めようとした、その時。

「どうぞそのままで、お嬢様」

ハッと顔をあげると、そこに1人の使用人の姿があった。彼はひざまづいて視線を私に合わせるようにし、こう続けた。

「お嬢様は膝から下の物を取ってはなりませんよ。それは私どもの仕事です」

その使用人は、何事もなかったかのように床の膝掛けを拾い上げ、新しいものを膝にふわりと広げた。それはそれは優雅に、踊るような所作で。

「あの…わざわざありがとうございます。落としてしまってすみません…」

お嬢様、と呼ばれるのは久し振りでなんだか恐縮してしまって言葉がうまく出てこない。ああ、このサロンにいる他の本物のお嬢様であったらこんな時、もっと愛らしくもっと気の聞いた言葉でもかけられるだろうに。

けれど彼はふわりと笑んで、そしてやや芝居じみた大袈裟な口調でとんでもございません!と言う。

「お嬢様が“落とした”のではございませんよ。ご覧ください、この膝掛けには蝶々が刺繍してございますでしょう?時折悪戯に蝶々が飛び立つのでございます。ですからお嬢様が謝る必要などないのです」

真っ直ぐな視線。
微笑みながらも、彼は大真面目にそう言ってのけた。なんだかその様子が可笑しくて思わずこちらも笑顔になってしまう。

「面白い方なのですね、あなたは。お名前はなんと仰るのですか?」

「どうぞ望月とお呼びください」

望月さんは美しい姿勢で一礼をし、にこりと笑む。
そして…

「お嬢様は、本当に美しくていらっしゃいますね」

唐突に投げられた言葉に私はぽかんとかたまる。
手にしたスコーンがコロリと皿に落ちた。

「あの…おっしゃっている言葉の意味がわかりません」

「ですから、まるでお人形のように美しくていらっしゃる、と申し上げたのです」

私の動揺をよそに、望月さんはさらりと言いはなった。

からかっているの…?

でも、冗談を言っているとは思えない、大真面目な表情。

「~~~!」

混乱と恥ずかしさで、私はもう両手で顔を覆うしかなかった。きっと耳まで真っ赤になってる。

しかし望月さんの誉め口上は終わらない。私は覆った手の隙間からそっと覗いて懇願した。

「お願いですから、恥ずかしいのでもうやめてください…」

「おや、これはとんだ失礼を」

少しも悪びれた素振りもなく軽く一礼。
その左胸には小さなサファイアの施された蝶々の飾り。
それがファーストフットマンの証であることを、私は後になって思い出した。