「うーん…」
 襖の隙間から入ってくる日差しの眩しさで目を覚ます。体を起こし、布団から出て襖を開ける。
「また邪魔されちゃったね」
 苦笑いを浮かべながらはいってくる日差しを浴びて少し伸びをする。
 春になると必ずこの夢を見る。
 昔の夢なのか、彼女が作り出したただの夢なのかはわからない。物心ついたときから春になると必ずこの夢を見た。でも、少しずつ曖昧になって思い出せない部分が大きくなってきている。
 布団をたたみ、押し入れの中へしまおうとしたとき部屋に差し込む光が遮られたようだった。
「失礼します、彼方(かなた)。もう起きていたんだ」
「おはよう、時雨(しぐれ)。今日もいい天気だね」
 時雨は彼方が小さい時からいつもそばにいてくれた、いわゆる幼なじみのようなものだ。昔は時雨のお母さんがこの家の家政婦だったのだが、体を壊して以来、時雨がかわりにこの家で働いている。家政婦は別に雇うからいいと言ったのだがぜひともやらせて欲しいてという強い希望のもと、こうして彼方のお世話係りをしているのだ。
「布団しまうのはオレがやるから。疲れちゃうよ?」
 彼方が抱えていた布団とると押し入れにしまう。
「ちょっと!このくらい自分でやるっていつもいってるでしょ!運動だって大事なんだから」
「だって、無理したら」
「大丈夫。最近体調いいし、このくらいじゃ無理のうちに入らないよ」
 不安そうな顔をする時雨に笑いかけながら彼方は時雨の手を握る。
「さ、早く朝ご飯にしようよ。みんな居間で待ってるよ」
 返事はせず軽く頷くと彼方の手を握り返し二人で居間へ向かうのだった。
       ☆
 居間へ行くと、すでにご飯が用意されみんな座って待っていた。
「おはようございます、お父様」
「おはよう。元気そうだな」
 彼方の父は読んでいた朝刊をたたみながら彼方に笑いかける。
「はい。もうすっかり」
「なら、今日も生け花の稽古できそうだな。朝食を食べて食休みしたら始めようか」
 彼方の家、葉隠家は生け花で有名な一族で彼方で四代目になる。彼方にも生け花の才能はある。ただ、彼方は幼い頃から体が弱く十分に稽古ができていなかったのだ。
おまけに彼方には兄弟いない。
「はい。では、いただきます!」
 食卓を時雨や他の家政婦も含め囲むと父のかけ声でいっせいに食べ始める。
 みんなとくに話すことがないからか無言で食べている。
 箸のカチカチという音や、味噌汁をすする音が響く。
「そういえば、言い忘れていた。今日はお前の専属医が来る日だぞ」
「え?そうなんですか?大塚さんは」
「彼ももう年だしわざわざ遠いところから来るのは大変だろうからな。勝手だが若い専属医を雇ったんだ。この家に住み込みなんだ」
 突然のことで彼方だけでなく、時雨や家政婦も驚く。
「それならそうといってください。大塚さんにお礼できませんでした」
 落ち込む彼方を励ますように言葉を重ねる。
「すまんな。今度、手土産を持ってお礼へ行こう」
「はい」
 彼方は落ち込みながらもその言葉に頷く。
「時雨。悪いんだが昼までに空き部屋を掃除しておいてくれ」
「...はい」
 時雨は立ち上がると食器を素早く片付け台所へと消えていった。