その後、私は仕事を淡々とこなして気づけばすっかり辺りは暗くなっていた。のれんを下ろそうとするとどこからか声をかけられる。




「おい」




聞き覚えのあるその声に私はのれんを手から落とした。勢い良く振り返れば笠を被った人物が立っていた。

まさかと思い、近くへ寄ればその人は笠をより深く被ってしまう。




しかし声で分からないほど私も馬鹿ではない。恐る恐る名前を口にした。




「芹沢さん....?」




呼べばピクリと肩を動かすその人はぶっきらぼうに「ああ」とだけ返す。




その一言だけで私は満面の笑みを浮かべた。
お聞きしたい事が、お話したい事がたくさんありすぎて何から口にすればいいのか迷う。




しかし先に口を開いたのは芹沢さんの方だった。




「わしと関わったことを全て忘れろ」




「............」




「............」




「............え?」




やっと会えたというのに、
やっとまた元通りの関係になれると思っていたのに。

関わったことを全て忘れろ?




声を荒らげずにはいられなかった。




「どうしてですか!!」




今にも泣き出してしまいそうだが、そこはぐっとこらえて芹沢さんを見据える。
表情は笠に隠れて見えないがなんとなく困っているだろうなとは思った。




「言わねば分からぬか」




「分かりません!」




呆れられてもいい、けれど理由も分からずあの楽しかった日を忘れるだなんて人間はそんなに簡単ではない。




食らいつく様に言葉を発せば、芹沢さんは笠を少し上げた。




久しぶりに見る、芹沢さんの鋭い瞳。
威圧感があり例えるなら狼だろう。




壬生の狼と呼ばれている理由の一つに入っているのではないか。そんなことを考えさせられる。




「壬生浪士組が今二つに割れていることは知っているな」




「はい、噂でお聞きしました」




「お前はわしに関わりすぎた
................................わしもお前を大切にしすぎた」




「大切に」されていたんだと思うと視界が涙で歪む。こぼさないように視線を上に向ける。




「私が、芹沢さんの枷になるとおっしゃりたいんですか?」




「そうではない
むしろお前にとって今のわしの方が枷だ」




「ッ!!そんなことは!!」




「そのうちわしに向けられた刃がお前をも傷つける」




そんな風に、考えていたのかこの人は。
だから私に興味がなくなったかのように冷たい視線を向けたのか。




あまりにも不器用で、優しい。




私は耐えられず芹沢さんに抱きついた。