芹沢さんに突き放されてからもう一月が経った。思わず仕事中、卓に突っ伏してしまいそうなほどの暑さ。

おかげで甘味の売れ行きは悪く水ばかりが注文される始末。




「せめて雨でも降ってくれれば....」




店先で水撒きをしながら呟いた言葉は誰にも届くことなくカラカラの空気に消えた。




最近は斎藤さんや藤堂さん、それに沖田さんたちも忙しいのかあまり顔を出さない。
少し寂しい気もするが、長屋の大家さんやほかの常連さんは変わらず来てくれるので世間話をしたりして気をまぎわらせていた。




「伊勢ちゃん、水くれるかい?」




長屋の修理をしてきたのだという大家さん。随分お疲れのようで卓に項垂れている。

私は水で冷やした手ぬぐいと共に水を用意した。




「体調崩さないでくださいね」




「ああ、ありがとう」




お客さんも少ないし掃除でもしようかと考えていれば大家さんに声をかけられた。




「そういえば伊勢ちゃん、あいつら最近来るかい?」




「あいつら?」




「壬生の狼のことだよ」




大家さんの声が少し低くなった。
また何か壬生浪士組の皆さんはやらかしたのだろうか。
最近は来ていないと首を横に振れば大家さんは水を一気に飲み干した。




「そうか....ならあの噂はホントなのかもしれねえなあ」




「噂?」




「ああ....なんでも、壬生浪士組が二つに別れてるってんだ」




ハッと一月前の斎藤さんの言葉を思い出す。あの人も確か分裂していると言っていた。大家さんにまで噂がのびてきているということはまだ解決できていないということなのだろうか。




「そうなんですか....」




――一月も待ったのにまだ芹沢さんに会えないのか。




どこかで軽視しすぎていたのかもしれない。温厚な近藤さんと根はいい人の芹沢さん、すぐ和解して私もまた通えると考えていた。




「ここに来ねえってことは、まだゴタゴタしてんのかねぇ」




「和解....はできないのでしょうか」




私に何かできることはないか、大家さんなら何かいい方法を知っているかもしれない、ほんの少しの希望にかけてみたが苦笑いを返された。




「伊勢ちゃん、和解ってのは平和的で誰もが望むことだ間違っちゃいないだろう

....だがな、世の中完璧な組織っていうのは存在しないらしい」




「でっ、でも幕府は四百年の間ずっと政権は変わらずに....」




「そこにも何か血を見ることや、正しいとは口が裂けても言えねえこと、あったと思うぞ」




四百年などという途方もない時間、その全てが平和的だったなんて胸を張っては言えないだろう。




「でも、犠牲が必要なことなんて....私は....」




もどかしくて、悔しい。
私はこんなにも無力だと心底思い知らされる。大家さんは手ぬぐいを首にあてて、気持ちよさそうに顔を崩す。




「世の中理不尽で、うまくいかねぇことばっかだよなぁ....」




その言葉は傍から聞けば諦めに近いだろう。
だが、大家さんの眼光は武士のように鋭かった。