「あ、お帰りですか」




「今日も美味しかったよ〜」




甘味を食べ終えた沖田さんが勘定をわざわざ渡しに来てくれた。相変わらず妖艶な笑みを浮かべていてついつい俯いてしまう。




「ありがとうございます....」




睨まれた理由もこんな不可思議な笑みを向けられる理由も結局分からず、また日を改めれば機嫌も直っているだろうと思い勘定を受け取る。

が、その手は沖田さんに捕まってしまった。




「ぬぁっ?!なんですか!」




女子としてあるまじき声を出してしまい慌てて周りを見渡す。
男の人に手を掴まれるなど何度もあるのだがどうも慣れない。実際昨日は斎藤さんに驚かされた。




ちょうど甘味を食べているお客様には死角になるので気づかれなかったようだ。




「伊勢ちゃんってさ〜手が綺麗だよね〜」




どこの酔っぱらいの真似事だろうか....
私の手を舐めまわすように見る沖田さん。
沖田さんのことだ、綺麗だと褒めたあとに汚してきたりするのではないだろうか。

そんな不安に駆られて自然と構える。




職業柄手を汚すことはできない、なんてことを考えていれば背に壁が当たった。




「グフッ」




沖田さんが近寄るので退いていたらいつの間にか壁際にたどり着いてしまっていたらしい。
完全に逃げ場を失った。




壁に頭を叩きつけられるのだろうか、
はたまた空気椅子でもさせられるのだろうか。




しかし恐れていた衝撃はいつまでたっても起こらなかった。




そのかわり、




「あの....沖田さん、顔が近いです」




妙に顔が近い、沖田さんの顔が近い。
何故かここまで近づける必要があるのだろうか微塵も理解できない。




訳がわからず首をひねればため息をつかれた。




「あのねぇ....普通ここ、照れたりするんだけど....」




「だって沖田さんがすることなんて嫌がらせの他ありませんし....」




そこまで言って後悔する。
考えてみればさすがにこんな事言われて喜ぶ人はいないだろう。たとえ事実だとしても。




みるみる沖田さんの、良くもなかった機嫌が急降下する。ああ、やってしまったと後悔してもう遅い。




ガリッ




「いッ?!?!?!」




さらに接近してきた顔は私の鼻を捉え、思いきり噛んで来た。
鼻を噛むだなんてあんたは野生の犬猫の類かと、冷静につっこむこともできず悶絶する。




痛い、その次に恥ずかしい。
そんな感情が沸き上がってきた。