次郎は見送った後、夕飯の時も何も喋らず、ただ酒を飲み、料理を口にしていた焰を見た。
さっきと同じ場所で、ただ静かに座って酒をゆっくり飲んでいる。

「さて…」


次郎は、焰を冷たい目で見やり、目の前に座り、焰が手に持っていたお猪口を取り上げる。

「っ!…」

焰は、次郎を睨みつけた。
しかし、次郎は涼しい顔で、話を進める。

「貴方は、封印を解かれてから、随分機嫌が悪そうですね」

桜に話していた時と違うその冷たい声色は、静かな夜の広間に響く。

「姫にそんな態度をとっている理由は、何ですか?
……………


…まさかとは思いますが、まだ「蛍」様の事を引きずっているんじゃないでしょうね」

蛍の名に、焰の瞳が揺れる。
次郎は、それを見逃さなかった。

「あれからもう何百年と月日は経ちました。
私達は、新しい主に仕えるんです。
気持ちを…切り替えなさい」


すると、ばんっ‼︎と焰が机を叩き、立ち上がる。


「それじゃあ、あんたはっ!
あんたは、忘れたっていうのかよ‼︎」

怒りを向ける焰を、次郎はただ静かに見上げた。


「…ええ。
私達はそうやって、主が変わるたび、切り替えてきたはずです。
前の主に心を預けたままでいることは、私達には許されない事だと、管狐になる前に、教えたはずですが…?」

焰は手をきつく握ったまま、次郎を睨みつける。


ーーあの出来事を、簡単に忘れて切り替えろだと⁈

焰は、怒りで言葉さえ出ず、握った手は怒りで震えた。


そんな焰をいなすように、次郎は話を進める。


「貴方が、そういう態度をとるなら、別にそれはいいです。
姫を守る仕事など放棄して、自由に生きたらいい…。
誰も止めません」

先程の温和な次郎とは違う、冷たい口調で言い、焰を軽く睨みつける。

「…あんたが何と言おうと、俺は「あの男」がこの世にいないと分かるまでは、絶対にやめない‼︎」

堰を切ったように、焰が怒鳴る。



ー絶対に、仇をうったと分かるまで、俺は「管狐」でいてやるっ!
絶対に‼︎


怒りで息を弾ませている焰に、次郎は机に頬杖をついて、にっこりと微笑んだ。


「…ご自由に…」


顔は笑顔だったが、声には冷たいものが混ざり、聞くものを凍らせるようだった…


「っ‼︎」

焰は怒りで踵を返して、広間を出て行こうとすると、次郎の優しい声がする。


「焰…。
まさかとは思いますが、この老体にこの片付けを全部させるなんて、考えてませんよねぇ…」


‼︎

ー何が、老体だ‼︎
こんの、クソじじいが‼︎


焰は心の中で悪態をつきながら、片付けをばんばん進めていくのだった……