ゆのはそれから時々歌えなくなった。お客さんさんからは失語症じゃないかだとか、緘黙症じゃないかと言われた。

今思えば、あれは場面緘黙症だったのでは・・・とゆのは思う。


「全く。男に生まれてくることができなかったうえに、今度は歌も歌えなくなっただと!?」


父親は荒れに荒れた。ゆのは喜びで溢れた幸せな歌を歌うことはできず、絶望に溢れた悲しみの歌しか歌えなくなっていた。


それでも騙し騙し歌ってきて・・・



「そしたら、貴方に会った」


ゆのの瞳が輝き出す。


「この国では私の歌のことを知らない。それに・・・お父さんもいない。幸せだった・・・」


ぎゅっと目をつむり、オズヴェルドの服を握り締める。


「帰りたくない、この世界にいたいって、何度思ったことか・・・」

「っ! ユノ・・・俺はてっきり元の世界に帰りたがってると・・・」

「普通は知らないところに来たら帰りたがるよね。でも私は違った。元の世界が怖かったから・・・。でもそんなこと言えなくて、ずっと帰りたいフリしてた」


オズ、と呼ばれて目を視線を合わせれば、逸らすことを許さない瞳がそこにあった。


「私、元の世界に帰りたくない・・・。この国に、オズの傍にずっといたいの・・・」


「ユノっ!」


思わずきつく抱きしめた。

自分が大切にしたい、愛しいと思っている異世界の少女が元の世界に帰りたくないと言っている。

そして、自分の傍にいたい、と。

これほど嬉しいことがあるだろうか。


「話すのつらかっただろう・・・。話してくれてありがとう」


ゆのが以前取り乱して「歌えない」と言っていた意味がわかり、オズヴェルドは心の闇を打ち明けてくれたゆのを受け止めたいと思った。


「ううん。オズに聞いてもらえてよかった。ねぇ、オズ。迷惑じゃない?」


ゆのの頭には常にクレア王妃のことがあった。

オズヴェルドもゆのが危険人物として認識されているのを思い出した。


「ユノが俺の傍にいられるようにしてみせる」


オズヴェルドの力強い言葉にゆのは嬉しそうに頷いた。