すると、父が何かを叫んでいるのがわかった。耳鳴りがしているせいで、すごく遠くで叫んでいるような感じがする。私は力を振り絞って父の声を拾おうとした。
「ほらみろ、やっぱり様子を見に来て良かった。お前の言うとおり春乃が帰ってくるのを家で待っていたら、春乃は死んでいたぞ！」
とたん、背後で何かを殴る『ボコッ』と言う音が聞こえた。ハッとした瞬間、ミチカの体が右側へグラリと傾いた。
「春乃から手を放せっ！」
今度はボコボコッと二度音が聞こえた。ミチカの体はさらに右へ傾いた。すると、首を絞めていた手がゆるんだ。『待ってました』とばかりに森田は渾身の力を込め、ミチカの手を引きはがした。
「よし、はがれた！」
「ゲホッゲホッ！」
私は激しく咳き込み、前のめりにヨロけた。一気に気管の中に空気が入ってきたので、喉が驚いたに違いない。
「春乃、大丈夫かい！」
母が駆け寄ってきた。私の体は森田が支えてくれているおかげで、どうにか立っていたが、死への恐怖に打ちのめされ足下はフラフラだった。
　ミチカがどうなったのか知りたくて振り返ると、床に手をくっつけんばかりに前屈し、おなかを抱きしめていた。そのそばには父がいた。父は右手に拳をつくったまま、仁王立ちでミチカをにらんでいた。父の拳を見れば、間接の部分が赤くなっていた。おそらくミチカを殴ったのだろう。
「・・・！」
ふいに、ミチカはガバッと顔を上げた。左頬の高い部分は真っ赤になり、少し腫れていた。彼女は血の混じった唾をペッと床に吐き捨ていると、父をギロリとにらんだ。殴られた事を怒っているようだ。
「逃げよう…いや、陰陽師の元へ行こう今川さん！あきらめるのは、まだ早い！」
森田が力強く言った。
「でもこのままじゃ、父さんが死んじゃうかもしれない」
「狙われているのは、今川さんだ。まずは、君がここから逃げなくては。お父さんがミチカの注意を引きつけているうちに行こう！」
「そう、だね」