全力で走ったのに、追いつかれてしまった。捕まってしまった。ものすごい力だ。息もロクにできない。
「今川さんっ!」
森田は叫ぶと、私の首に絡みついた手を必死にはがそうとした。私もモウロウとする意識の中、指をはがそうとした。
 だが、できない。時間が経つごと、食い込んでくる。
 ミチカの指は、まるでハンドモデルの手のようにキレイだった。大人の男性並みに力が出るとは、想像も付かない。
 ただ彼女の手は、氷のように冷たかった。体温はまったく感じられない。その違和感が、異世界の住人である事を強調していた。
「放せ、バケモノっ!」
森田はあきらめず挑み続けた。彼の声に支えられ、私は何とか意識を保ち続けた。
『ククク…私ハ、バケモノ デハナイ。ミチカダ。春乃サンノ大親友、ミチカダ』
ミチカは名乗ると、怪しげな息を吐いた。まるでセックスしたい欲望に駆られている男のようだ。
『…ヤット会エマシタネ。コノ瞬間ヲ、ズット待ッテイマシタ。コンニチワ、春乃サン。ミチカ デス。オ迎エニ来マシタヨ』
ミチカはかすれた、野太い声でしゃべった。とても女子高生とは思えない。いや人間とは思えない。まさに魔物の声だ。
「親友がこんな事していいわけないだろ!死んでしまうだろ!」
『私と友達ニ ナルタメニハ、コノ体ハ邪魔ダ。魂ダケニ ナラナケレバ、魔界へ行ケナイ』
「魔界!」
ミチカは私を見た。目は濁った黄色だった。彼女からもらったメールを読んだ後、必ずよってきた霊達と同じ目だ。
 過去の恐怖体験をありありと思い出した私は激しい悪寒に襲われ、頭の天辺からつまさきまでガタガタと震えた。首をしめられて苦しいのに、奥歯までガチガチとなった。
『魔界ハ、暗クテ何モ見エナイ場所。恨ミ、辛ミ、嫉妬、悲シミ…色ンナ負ノ感情ニ囚ワレタ魂ガ、何万何千ト棲ンデイル。ソレデモ、ゼンゼン楽シクナイ。寂シクテショウガナイ。ミンナ泣キ叫ンデイル。ダカラ春乃サン、一緒ニ来テ私ヲ慰メテ下サイ!』