「いや、本当のことだからね。桜庭さんこそ、入社2日目で磐田さんに仕事させたって、歴代最短記録だよ。あの人ね、嫌いな人の言う事は何が何でも聞かない頑固者だから。牛島さんと、鳥谷さんもかなりだけど、不思議と桜庭さんの持って行った仕事は速いんだよな。認められてる証拠だよ」
笹原主任の話はまんざら嘘でもなさそうだ。あゆみは嬉しくて頬を赤らめた。仕事で認められるのは嬉しい。三年半越しで、ようやくまともな社会人になれたような気がする。
「ありがとうございます。そんな風に言ってもらえて嬉しいです」
ちょっとしたことなのに、なんだか泣きそうな気分だ。あゆみが頬に手を当てて窓の外をふと見ると、景色は既に美しい山の中で、温泉地に相応しい爽やかな緑が広がっている。
そんな和やかな景色の中、ハイスピードでバスに追いついてきた黒い影があゆみの視界に入る。
(黒い…黒いベンツ?バスにこんなに近寄って危ないなぁ)
バスに不自然に横付けして走る黒いベンツ。こんなバスにぶつかったら死んじゃうよとあゆみが心配に思って見ていると、ふと、ベンツの運転手と目が合った。
(こ…怖い…サングラスかけてるけど、確実にいま、こっち見たよね…?ヤ…ヤクザさんかな…。ん…あれ?どっかで見たことあるような…)
「あっ!あれ!小林部長の車じゃない?!」
騒がしいバスの車内でも、一際よく通るエリカ様の美声が響き渡る。
(こ…小林部長?!)



