「な?すぐに静かになっただろ?」
笹原主任があゆみに言うと、あゆみははいと頷いた。
「なんだか、ちょっと羨ましいです」
「うらやましい?あの二人が?」
「はい。なんとなくですけど。喧嘩しても分かり合える関係っていうか、喧嘩するほど仲が良いみたいな、そういう関係って素敵だなぁって」
「なるほど。桜庭さんは、喧嘩し合える関係が、理想って訳か。付き合う相手にも、それを求めるの?それとも、恋人とは喧嘩はしたくないほう?」
笹原主任は言い、「なんだか僕、インタビューしてるみたいだな」と笑っている。
(優しいなぁ、笹原主任は。部下が気を使わないように、会話をふってくれてるんだ…)
「わたし、きちんとお付き合いしたことがなくてわからないんです。だけど、喧嘩ができる関係っていうのは憧れます」
「え?付き合ったことないの?一人も?」
笹原主任は目を見開いて、驚いた顔であゆみを見た。言わなくていいことをカミングアウトしてしまったと、あゆみは思わず赤面した。
(…びっくりされちゃってるし…ていうか若干引いてる…?当たり前か…)
26にもなって、お付き合いしたのは幼稚園のさくら組のタケシくんが最初で最後ですなんて、口が裂けても言えない。
あゆみは思わず「いえっ!そういう訳じゃないんですが…一人だけ…ですハイ」と濁してしまった。
その一人がさくら組のタケシくんだとは、笹原主任も思わないはずだ。けれど嘘をついた訳ではないからセーフだろう。



